ブラックサンタ・ホームカミング #パルプアドベントカレンダー2019
黒い男が立っていた、典型的なスペースの限られたマンションの玄関に。
夕食の準備のために手を離せない母親に代わって、ベルの鳴った玄関を開けたのは十歳になったばかりのサキ。クラスメートの中でも取り分け背の低いサキに比べると、男はまるで巨人の様に背が高く身にまとった濡羽色のコートは雨を受けてはしとどに露を垂らしていた。
「……えと、その」
本来であれば挨拶すべき所を、サキはかたまってしまった。黒い男のフードの中の黒い瞳と視線が合い、咄嗟に目を伏せると自分のこげ茶色でショートにそろえた髪が揺れる。今は12月、唐突にやってきた人物はサキに取って未知の存在で、その衣装はあたかもクラスメート達が噂する黒いサンタクロースのようだ。
(悪い子の所には、黒い色のサンタさんがやってきて、お仕置きするんだって)
そんな他愛のない言葉がサキの中でリフレインする。その位、この人物はサキの日常からはかけ離れた異質な存在だった。サキの緊張と怯えを知ってか知らずか、手の空いた母親はエプロンで手をふきながら玄関に顔を見せた。
「あら、いらっしゃい。どうしたの?」
サキの母は、黒い男に向かって親しい友人同然に挨拶を交わす。一方で男の方はというと不愛想な仏頂面のままだ。男の存在感にサキが硬直しているのに気づいた母はそっと居間に戻る様に促し、サキもその言葉に従って玄関から逃げ去る様に奥の居間へと走り去った。
居間のソファに飛び乗ると、クッションに顔を埋める。あの来訪者と視線があった時などは、死神に見られたような恐怖がサキの背筋を走った。
「でもお母さんと普通に話してたし……」
なら、案外普通の人なのかもしれない。第一クリスマスはもう少しだけ先だし、サンタがやってくるにはちょっと早すぎる。そう、考えてクッションから顔を上げたサキの視界に、紅くて白い存在がうつった。赤い三角帽子とローブに、白いフワフワした縁取り、そして真っ白な髭は間違いなくサンタクロースの特徴だ。
「本当に……?」
まだクリスマスには早すぎる、しかし大きなプレゼント袋を背負ったその姿に、サキはつい気を許してしまってサンタが覗き込むベランダのガラスを開けてしまった。刹那。
サンタは袋に手を突っ込むのではなく、サキの部屋着の襟足を掴むと抵抗する間も有らばこそ一気に袋にサキの小さな体を放り込んでしまった。真っ暗闇の袋の中で、浮遊感だけがサキの感じられる感触だった。
―――――
次にサキが目にしたのは、伽藍洞の空間。天井にはドームの梁があり、あちらこちらに用途のわからない機械の残骸がある。日曜日の朝に見る番組で、似たような場所を見た記憶があった。誘拐された、という事実が冬の冷気がしみいる様に実感として身に染みていく。
そして奥の暗がりで、あのサンタ服の何者かがしゃがみこんで震えている。サンタの向こう側からはみ出して見えるのは、長いジーンズの脚。まな板の上の魚の様に跳ねる足は徐々に動きを鈍くさせて、見る間に動かなくなった。サンタが、振り向く。
「……ァ……!?」
サンタを模した何かに、サキは息を詰める。先ほどまでは確かに人類の顔をしていたはずの存在は、その髭をバッカルコーン構造の八分割展開、海洋生物のそれを10倍グロテスクにしたようなアギトを見せつける。髭に擬態していた部分は柔軟に動き回る烏賊の足のようだ。恰幅の良かったはずの赤服はずるりと展開されてただれた被膜に変わる。
恐怖に硬直したサキの目の前に這い寄る生き物は、少なくともサンタではなかった。一番近いのはイカかタコを大型にし、人型に無理矢理近づけたかの如き異形だ。
「……!……!」
叫んで拒絶しようと、助けを呼ぼうとするも、自分の喉からはヒューヒューと意味をなさない空気ばかりが吐き出される。後ずさりしようとしても、つるつると冷たい床は滑るばかりでサキの身体をどこにも運んではいかない。
眼を閉じる事さえ恐怖で出来ないまま、忘我となったサキの耳へ、触手が伸ばされた瞬間だった。
「a:pirhag:ragjh]ld;gkflkjsd!!!」
人類言語として聞き取れない絶叫と共に、異形サンタが仰け反る。サキの身体に触手が触れる寸前で、鋭利な刃物の斬撃によって触手がイカ刺しの如く寸断されたのだ。
サキの目の前に、黒くて大きな影が立つ。右手には長大な黒塗りのマチェット、左手には殺意に満ちた湾曲の刃、ククリ刀を持った黒いコートの男。それはサキの母を訪ねたあの黒いサンタだった。
「ニューロイーター、サンタに擬態するとはな。さしずめサンタミミックといった所か。だが……」
黒い男は異形サンタの血で蒼く濡れた刃を決断的に構える。瞬間、サキの体感温度は数度冷え込んだ。男がサキへ肩越しに振り返った。
「俺が開けていいと言うまで目を閉じるんだ」
素直に男の指示に従ったサキを確かめてから、男はあらためて怒りにのたうつ異形サンタ・ニューロイーターへと向き直った。
「俺の知己に手を出したのが運の尽きだ。遺言という概念があるなら言い残しておくがいい」
音を残し、男が踏み込む。殺到する触手槍を前に、柴刈りめいた気楽さでもって次々と異形触手が斬り飛ばされていく!触手が切断されるたびに青い血が廃工場の床をペイントする!怒りと共に、先客の哀れな犠牲者の足を掴み横薙ぎに振るう異形サンタ!
「おっと、ホトケさんは丁重に扱うもんだ」
羽毛めいて軽やかに死体ハンマーを前方跳躍から飛び越えれば、迷いなく手にした二刀を振り下ろし異形サンタのバッカルコーンアギトへ突き立てる!言葉にも声にもならない悲鳴を上げる怪物!
「そいつはくれてやる、地獄の土産にでもするんだな」
未知の苦痛にもがきのたうつ名状しがたい怪奇を前に、男は淡々とホルスターより大口径のリボルバーを引き抜き、怪物へと突き立てられた二刀の柄頭へと狙いを定めて引き金を引く。冬の雨降る夜の静謐な空気を、熱くねじれる弾頭が切裂いた。
「……!!!?」
正確無比に、弾丸が剣の尻を叩く。大口径の殺意に込められた衝撃は、刀身を通して余すところなく異形の身体全体に伝搬し、六発全てがそれぞれ二本の刃を叩くと無慈悲に怪物の肉をボロクズへと変えていった。
ベクトルとは力だ。怪物とはいえ肉持つ存在である以上、力を叩きつけられれば滅びるのが道理である。過剰な暴力を受け止めた異形サンタの身はぐずぐずと溶解し、弛緩すれば冷たい床に名状出来ないスープとなってわだかまる。残心を決めた男の銃から空の薬莢が零れ落ちては、奇術同然に次の弾丸が滑り込んで装填される。だが、異形の怪物が再活動する事はなかった。
―――――
「目を開けていいぞ」
素直に言いつけを守っていたサキが目を開けて見たのは、12月の浮かれた空気その物にイルミネーションをまとった街並みと、男の背だった。雨は既に細雪に変わっていて、自分の身体に降り積もっていく。
「その、ありがとう……ございます」
「たまたまだ、運が良かったな」
ぶっきらぼうな返事に、脱力して少女は身を委ねる。酷い夢だった、心底そう思ったサキの身体を不意に大地からの震動が震わせ、続いて街並みを越えた先、東京湾の方向に高い水柱が噴き上がったのを見てしまった。
「……すまんが家に送るのは寄り道してからだな」
事態を察した男は、サキをおんぶしたままにスマホを取り出してホームよりアプリケーションを起動すれば前方へ決断的に突き出す。
「『イクサ・プロウラ』、マテリアライゼーション……!」
男の宣言に従って、異常事態に逃げ惑う人々を尻目に、街並みの上空に星の輪のごとき光が幾重にも収束、中央から光の粒子が蛍の群体を思わせる量で出現しては人型を成していき、夜の空よりもなお黒い装甲の巨人を現出させた。
巨人の全身にはエメラルドグリーンの光が血脈めいて走るエネルギーラインが備わっており、その背には翼を機械化したかの如き推進器が設置されていた。
「ソウル、アバター……」
普段、テレビのニュースとか、あるいはスマホを介した動画くらいでしか見る事がない機動兵器、ソウルアバターをじかに自分の眼で見たのはサキにとって初めての経験だった。戦う力なんて、普段は必要のない物だから。
次の瞬間、サキの身体はシートに座った男の上に投げ出されていた。コクピットに転送されたのだ。男の方は既にシート肘掛けの先端に備わったドーム型のコントローラーを握りしめ、正面モニターに大写しになった海面よりせり出すイカとアンモナイトとタコが中途半端に混ざってしまったかの様な大怪物へと視線を移していた。
「悪いな、すぐ済ませる」
勝って見せる、や負けないといった言葉ではなく、帰り道でモヤシチンピラに絡まれたくらいの気安さで言ってのけると、男は正面へと向き直った。
夜の闇をわけて、羽持つ黒の巨人が飛ぶ。その背の推進器からは光が棚引き、その速度はたやすく音速を越えて東京湾中央に居座る名状しがたい神話怪物へと肉薄していく。
怪物の周辺から次々触手が伸び果てれば、先端が四方展開。怪光線が東京の夜空を突き上げて襲い来る黒騎士を迎撃する!ヒステリックに放たれる光の槍衾をその周囲を巻き取る様にすれすれでバレルロール回避すれば、機体の速度を保ったままに左腰にマウントされた大太刀に手をかけ抜刀!レーザー触手群が刈り取られる稲穂の様に斬り飛ばされていく!
「こんな身近な所に居ていい生き物なものかよっ!」
男の一喝の際に、サキはマジマジとモニタに移った神話に語られる超自然的な怪物の姿を見てしまい今度こそぎゅっと目を閉じる。黒騎士が獲物を狙うカワセミの如く海面を閃いた瞬間、複数の眼球がうごめく怪物の眉間がざっくりと割れて青い血が噴水の様に噴きだした。
「こういうのは、根こそぎやらないと、な!」
余りの大きさにちょっとやそっとじゃ致命傷にならないであろう大怪物を前にして、中空より蒼光をまとったクナイ付きの鎖が幾条にも射出されれば、一気に怪物へと殺到。その粘質な体表を刺し貫いて絡めとり、動きを奪ったかと思えば一気に空へ引き上げる。海中より引き出された怪物はまるで肉同士が溶かしこまれたかの如き醜悪な塊だった。遥か上空へ、シャトルの様に怪物が上昇していく。
「今年の分は今年の内に、やる!」
雲を背にして上昇する怪物を果てに、黒騎士の掌底より地上に作られた太陽の如き蒼い光球が生じる。莫大なエネルギーが凝縮されたその輝きは、投げ放たれた途端に魔球めいてぶれながらも怪物の上昇ルートを追跡。雲上へ達したタイミングでスフィアが怪物に衝突すれば、冷たい夜空を真昼よりも明るく輝きで染め上げて地球上でもっとも輝く花火となって散った。怪物は一夜の悪夢だったかの様に、影も形も残らず消し飛ばされたのであった。
―――――
「……あの」
「なんだ?」
雪雲が消し飛んで綺麗な星空が覗く帰り道で、サキは先ほどと同様に男におんぶされた形で丁重に送られていた。
「お兄さん、ウチに何の御用で来たんですか?」
「年越しの挨拶、だ。年末年始は来れないんでな。早めにだ」
「そうだったんですか」
本当に、お母さんのただの友達だったらしい。オバケのサンタだなんて思ってしまったのがバカみたいだと、そんなふうにもサキは考えてもしまう。
「てっきり黒いサンタとか……」
「サンタをする様な甲斐性は俺にはないが、と。そうだ」
黒い男は足を止めると、ごそごそとコートのポケットを漁る。ポケットから引き抜かれた手に掴んでいたのは、贈り物としてラッピングされた小さな包みだ。
「あげるよ、買ったはいいが贈る相手とかいないんでな」
包みを受け取ったサキがラッピングを開封すると、中から出てきたのは水色のハートがあしらわれたブレスレット。派手過ぎず、地味過ぎず、適度に可愛らしい一品。
「メリークリスマス、お嬢ちゃん。んで、良いお年を、だ」
「はい、メリークリスマスです。お兄さん」
家路を急ぐ二人の上で、塵のない澄み渡った冬の空の星々が冷たく瞬いて平穏な日常を見守っていた。
【ブラックサンタ・ホームカミング:終わり】
▼あとがき▼
どーも、12月20日担当の俺だ。
桃之字さんの突発企画について、ちょうど募集がかかったタイミングで見ていたので迷わず飛び乗った訳だが……ネタは出ないは他の参加者はちょー力入れて書いてるわでこれは手抜き出来んとなり、死ぬ気でネタ出しして書き上げたのだがいかがだっただろうか。
クリスマスと言えばサンタだが、捻りが加わらないと面白くないだろうという事で、紅いサンタを名状しがたいクトゥルフ神話的超自然の怪物にしたてあげ、黒いサンタが討伐するという怪奇譚に仕立て上げてみた。
後は俺が書く以上、バトルとかロボットとか期待されてもいそうなので拙作の作品から設定流用して、冬の東京湾怪奇バトルと相成ったのであった。クリスマス云々はもはやこじつけであろう、ムハハハハ。
明日12月21日はディッグアーマーさんの「ラグランジュポイントの煙突」が公開されるそうだぞ。SFに定評がある氏だがタイトルの時点でとても胡乱な感じで楽しみだな!既に公開されたパルプアドベント小説とかも未読であれば下記マガジンより参照されたし。それではメリークリスマス!良いお年を!
今年の冬コミに参加します!
現在は以下の作品を連載中!
弊アカウントゥーの投稿はほぼ毎日朝7時夕17時の二回更新!
ロボットが出てきて戦うとかニンジャとかを提供しているぞ!