見出し画像

デリシャス・イン・ツキジダンジョン

これまでのあらすじ
ソウカイヤ所属のサンシタスシ職人ニンジャ、レインボーフードは遭難していた。幻のヴィンテージ冷凍マグロを求めて謎めくツキジダンジョンへの再アタックを敢行したのだ。

寒々しい打ちっぱなしのコンクリート通路を、寒風が吹き抜けていく。

そこに転がる、場違いなほどビカビカと反射光を放つPVC虹色ニンジャ装束を着たニンジャが独り。ソウカイヤスシ職人ニンジャ、レインボーフードだ。

「おかしいなぁ……一度行けたんだから二回目だって簡単だと……」

このツキジダンジョンはかつてネオサイタマに存在したツキジ市場が地中に飲み込まれることで発生した、ネオサイタマの中でも著名なダンジョンの一つである。内部にはヨタモノ、スラッシャー、ヤクザアライアンスに追われるフリーランスのニンジャ、恐ろしいバイオ怪生物、黒帯を締めたカラテアニマルなどが潜伏する魔の巣窟であり、また不定期に構造が変わる性質を持つきわめて厄介な迷宮であった。

レインボーフードの視界が霞む。ツキジダンジョンの深奥には、電子戦争以前に奉納されたきわめて希少価値の高いヴィンテージオーガニックマグロが、今も最高の状態で冷凍保存されている。それはすなわち、ダンジョン内の室温も非常に低いことを意味する。しばしば、ツキジアタックを敢行する命知らずが、冷凍マグロめいた遺体で見つかる所以だ。

「スシ……せめてスシが握れれば……」

彼は朦朧とする中、自身の懐を探ったが宙を切るばかりである。彼が持ち込んだスシネタ・タッパーは、ふとした瞬間に黒帯を締めたカラテシマリスに盗難され、手元に残っているのはシャリ玉ばかりであった。ダンジョンでは、一瞬の油断が命取りとなるのだ。ニンジャと言えど、サンシタの枠を出るわけではないレインボーフードでは、遠からず冷凍ニンジャの干物として発掘され、闇市で売りさばかれるのがオチだ。

「ブッダ……お助け……」

これもソウカイヤの一味として非道を働いた罪へのバチであろうか。彼がやったのは、精々借金持ちの捕縛程度が関の山ではあるが。

その時であった。今にも途切れそうなレインボーフードの視界を桜色の何かが横切ったのは。

(花びら……?)

そんなバカな、と思う間もなくレインボーフードは力強く抱き起され、口元に茶碗が押し付けられるのを感じた。

「熱いマッチャです、ゆっくりとお飲みなさい」

これは一体いかなる狐狸の化かしであろうか、しかしこのまま拒絶したところでレインボーフードに待つの運命は冷製ニンジャの干物である。彼はゆっくりと与えられたマッチャを嚥下する。体にカラテが戻り、視界もまたゆっくりと正常化していく。目の前にいたのは、桜色のニンジャ装束をまとったニンジャであった。

「ごきげんよう、遭難者さん。スプリングバンです」
「ド、ドーモ……スプリングバン=サン、レインボーフードです」
「ドーモ。貴方はスシ職人のようですけれど、貴方もやはりヴィンテージオーガニックマグロを求めてこちらに?」
「ええ……一度発見したのでもう一度、と意気込んでいたのですが以前とはすっかり構造が変わっておりまして、スプリングバン=サンが助けてくれなければニンジャルイベになっていたでしょう。ありがとうございます」
「いえ、いえ、お気になさらず。こちらとしても目的あってお助けしたのですから」

スプリングバンが謎めいた微笑を浮かべた。危険さは感じられないが、その秘めたカラテのほどはレインボーフードにも簡単に感じ取れるほどである。なにせ、重金属酸性雨が恒常的に降り汚水が跳ねるこのネオサイタマにおいて、目の前のニンジャ装束は一点の染みすら見受けられないのだ。
スプリングバンがその気であれば、レインボーフードなど警戒する間もなく爆発四散していることだろう。

「自分にできることでしたら、なんなりと」
「そう言ってくださって幸いですわ。頼みというのは他でもなく、こちらをスシとして握っていただきたいのです」

そう言ってスプリングバンがさししめしたのは、一台の自動販売機、ベンダーマシンであった。レインボーフードはベンダーとスプリングバンの間で視線を往復させたのち、困惑した。

「金属をスシに?」
「いえ!こちら新鮮なベンダーミミックですのよ。スシネタとして使える非汚染の個体を、このツキジダンジョンにて見つけましたのでこの機会に、と」

ベンダーミミックとは、現代ネオサイタマにおいて普及している自動販売機に擬態したモンスターである。サンシタニンジャ程度であれば互角に戦いうるほどの戦闘力を持ち、その辺の酔っ払いがふらふら引き寄せられては頻繁に捕食されている。犠牲者はほぼ食いつくされるため目撃例が広がらず、都市伝説めいた扱いを受けている生物だ。だが実在する。レインボーフードは地上にて汚染個体と戦闘した経験があった。

レインボーフードは思わず相手の瞳を覗き込んだが、スプリングバンのキラキラした美しい眼はマジであった。レインボーフードは困惑した。かつて戦闘ハイによって、交戦したベンダーミミックを締めようとしたこともあったが、のちに冷静になってから振り返ると正気ではなかったと反省したことさえある。

「責任は持てませんがそれでよければ……」
「引き受けていただけるんですのね、ありがとうレインボーフード=サン!」

モンスターを握ることはあまり気乗りしないものの、命の恩人たっての頼みとあれば断るわけにもいかない。しぶしぶ、レインボーフードは携帯したマグロ包丁を手に、どう見ても古びた自動販売機にしか見えない物体へと向き直った。横倒しにしたのち、隙間に刃をこじ入れ、振り切る。

「目撃者の方は良くイカやタコとの類似性をあげますが、私が思いますに、ベンダーミミックはオウムガイの仲間だと思いますの」
「オウムガイ……」

開帳された自動販売機、を模した殻の内側には、確かに頭足類めいた肉が詰まっていた。色は白地にべっ甲色のまだら模様で、缶の出口にあたる部位には10ではきかない数の細い触手がみっしりとつまり、中央にはイカの嘴によく似た機構がある。肉が詰まっているのは下半分までで、上半分はほぼ自販機の構造を模しているようであった。

「とにかく、さばいてみましょう」

レインボーフードはオウムガイをさばいたことはなかったが、大型のイカタコを捌く要領で手際よく自販機もどきを捌いていった。足、内臓、胴、嘴につながる筋肉、などなど。幸いにも、警戒していた汚臭や汚染などは見られなかった。

意外にも、自販機部分とオウムガイ部分は癒着しておらずあっさりと外れたこともあり、解体が済めば見た目だけなら風変りなイカ、と言い張れなくもない印象である。であるが、もとはベンダーミミックであることになんら変わりはない。レインボーフードは、意を決して自分から味見を試みた。味を知らなければ握りようがなく、また職人として味見したこともないネタを客に出すことはできなかったのだ。

イカソーメンめいた触手を一本つまみあげて、咀嚼する。
イカともタコとも違う、弾力こそあるものの淡泊で虚無な味。何より堅くイカの軟骨めいた嚙み切れなさもあってレインボーフードは苦悩した。美味くは、ない。では、身はどうであろうか。

真剣極まりないまなざしで試食を注視するスプリングバンの視線を受けながら、見た目だけならイカその物の切り身を口に運ぶ。一噛み、二噛み、かみしめるほどに甘く新鮮な頭足類のうまみと、ホタテやカキに近い貝類の味わいが合わさったような美味が感じられた。

「……行けます、握りましょう」

言うが早いか、レインボーフードはニンジャ敏捷力を駆使してベンダーミミックを握る。オーガニックウッドのスシ下駄には、みるみるうちに一人前のミミック・スシが整列し、今や一流店遇されるイカの握りと見まごうほど見事な出来栄えを披露した。言わなければ、誰もベンダーミミックとは思わないだろう。

「できました、どうぞ」
「では謹んでいただきますわ」

スプリングバンは差し出されたスシ下駄を受け取ると、奥ゆかしく正座したたずまいを整えたのち、メンポを外して目の前のスシをつまんだ。整った容貌に、ふっくらとした桜色の唇が場違いなほど艶めかしい。ネオサイタマでは見ることも難しくなった春の花を思わせるほどに。

ミミックスシがスプリングバンに捕食されて、わずかばかりの重苦しい沈黙の間が訪れた。場合によってはセプクする間もなくレインボーフードは首をはねられ爆発四散するかもしれない。だがそれも良いと彼には思えた。スシを握って最期を迎えるならば、戦死や凍死の何倍も良い結末だった。

「……美味しい!美味しいです!」

スプリングバンが満面の笑顔でそうこぼすと同時に、背後で桜色の爆発が巻き起こった。そのまま、瞬く間にスプリングバンはミミック寿司を喰らっていく。

「頭足類の味を想像しておりましたが、これは貝類、それも美味なホタテやアワビの旨味を感じられますのね!イカやタコと貝の特徴を合わせ持つとはいえ、両方の味を同時に体験できるなんて実に不思議ですわ!」
「は、はあ」

少なくとも斬首爆発四散は免れたらしい。レインボーフードは安堵した。
そうしてミミックスシは間食され、あとにはまだまだ大量のミミックの切り身と、二人のニンジャが残った。

「まだお召し上がりになります?」
「いえ……口惜しいですが、私は小食故に握っていただいてもこれ以上は入りませんの。残りのネタはどうか他の方へふるまってくださいましね」

スプリングバンはそう答えると、懐からとりいだしたる巻物に一筆したためたのちにレインボーフードへ差し出した。

「これが今の地上への脱出ルートですわ。それではレインボーフード=サン、貴方がソウカイヤに使いつぶされないことを祈っております。ゴキゲンヨ!」

レインボーフードが引き留めるよりもなお早く、スプリングバンはこの場に似つかわしくない春嵐を伴って姿を消した。レインボーフードのニンジャ動体視力をもってしても驚くべき速さであった。

「……なんだったんだろう、あの人」

夢かはたまた幻か、しかしてツキジの冷気でいい感じに冷えている大量のミミック切り身が、今であった相手が現実であることを如実に証明するのであった。

-------

「で、これがそのミミックってわけか?」
「スミマセン!」
「いや、いい、お前に仕入れは任せるっつったのは俺だ。男に二言はねえ」
「フン!俺は得たいの知れないイカもどきなど食わんぞ!マグロか肉スシだ!」
「これ、マジで食えるんスか?」

場所はところ変わってソウカイヤアジトであるトコロザワ・ピラー。その内部に存在するソウカイヤ構成員向けのスシショップでは、大量に持ち込まれたミミックの切り身に一同例外なく困惑していた。
先のセリフはレインボーフードの上司であるソニックブームに、後輩の生肉ニンジャ装束のミートバーン、同期の若手ニンジャデッドレインといった面々だ。

そんな、得体の知れないスシネタを前におっかなびっくり、といった面々を割って、カウンターに座ったニンジャが一人。ソウカイヤの懐刀、ダークニンジャだ。

「レインボーフード=サン、今日のおススメを一つ」
「ハイヨロコンデー!」
「おい、ダークニンジャ=サン。正気か?」
「俺がここでスシを喰ってはいけないルールなどなかったはずだが、不味いか?」
「いや、まずかねぇがよ」

すぐさまダークニンジャの前に提供されるミミックスシ。その出来栄えは新鮮なイカスシやアワビズシに勝るとも劣らない艶を放っていた。ダークニンジャは特に気負う様子もなく、目の前のスシを頬張った。息を呑んで見守る面々。

「……美味いな、イカかタコに似ている味だがさりとて貝めいてもいる。なんのスシだ?」
「ええい、一つ俺にも寄越せ!」
「おい」
「筆頭!」
「オニイサン!」

ここでビビったままではソンケイが損なわれると思ったか、ソニックブームもまた、スシ下駄からミミックスシをかっさらってはためらうことなくかっくらう。ダークニンジャの時以上に張り詰める辺りの空気。

「……マジでうめぇじゃねぇか。これが本当にベンダーミミックだってのか?」
「筆頭を担ぐ度胸なんて自分にはないですよ?」
「そりゃあ、そうだろうが、マジか……ミミックって食えるんだな……」

強面のソニックブームらしからぬ、気の抜けた感想に触発されてか他のソウカイニンジャも我も我もとミミックスシを注文する。
しかして、ミミックスシに向き合うソウカイニンジャ達も、注文に追われるレインボーフードも、とうとう懸賞金掲示板に貼られた一枚の懸賞首に気づくことはなかったのだ。

『ニンジャネーム:スプリングバン。罪状:ソウカイヤ傘下飲食店連続爆破テロニンジャ』

【デリシャス・イン・ツキジダンジョン:終わり】

現在は以下の作品を連載中!

#小説 #毎日投稿 #ニンジャスレイヤー二次創作 #ニンジャスレイヤーTRPG #ニンジャスレイヤーDIYな #ニンジャスレイヤー222


ここから先は

0字

パルプスリンガー、遊行剣禅のパルプ小説個人誌です。 ほぼ一日一回、1200字程度の小説かコラムが届きます。 気分に寄っておやすみするので、…

ドネートは基本おれのせいかつに使われる。 生計以上のドネートはほかのパルプ・スリンガーにドネートされたり恵まれぬ人々に寄付したりする、つもりだ。 amazonのドネートまどぐちはこちらから。 https://bit.ly/2ULpdyL