アイデアは何処に消えた?
『スマホに書いたアイデアが消えてる!』
台風一過、その翌日に起きてSNSをチェックした私のタイムラインに流れてきたのは、そんな悲痛な言葉だった。
一件だけなら操作ミスか、アプリのエラーだろうと考える所だがそうではなかった。漫画家、エッセイスト、小説家、研究者に至るまで私の視認範囲の悉くでそれは起こっていたのだ。
「まさか……」
手元のスマホでメモアプリを開く。このアプリケーションはこまめにクラウド上に保存してくれるお気に入りだ。だったのだが……
「……ない、まったく」
アプリ内に乱雑に、思いつくままに書き立てたアイデアのジャンクヤードはまるで台風が過ぎ去った後の様にきれいさっぱり何もかも消失していた。
酒の席で書いた支離滅裂な下書きまで綺麗にである。
だが、無くなった文章ならまた書けばいい。
私がもっと危惧している事を確認すべくアプリケーションに文章を書き連ねる。今起こっている異常事態のメモ書きだ。
保存、アプリ停止、そしてアプリを再起動して文章を確認する。
「……やはり、ない」
たった今保存したはずの文章はきれいさっぱり消失していた。あ、という一文字すら残さない徹底さで。
そしてふと思い立った私は乱雑な部屋の中をひっくり返して、紙のメモ帳を探し回る。それはデスクの隅の山に挟まれていた。開く。
「なんてこった……」
私のみみずの組体操の様なヘッタクソな字で書かれていた思いつきやプロットはきれいさっぱり消え去り、まるで新品の様なページ。焦りと共にメモのページをめくる私に、残っていた物が目に入る。全く意味をなさない落書きや酔っ払いの衝動。
「もしや、アイデアだけが消失している?」
試しにスマホ側でも検証してみると、やはり完全に意味をなさない文字列は残る。
「つまり、この現象は何者かが人為的に起こしている、と」
しかし、誰が、一体、どうやって。
悪魔の如き御業を前に、私はアイデアを取り戻す、そう決意した。
【つづかない】