その思考は実現させられない
小説が、文章が理解できなくなった。
それは朝賀が大学生活の遊び金を稼ぐために、あるアルバイトに契約した後に始まった現象だった。
「脳の思考リソースを貸与するってこういう事かぁ……」
わかっていたつもりだったが、実際に体験してみると思いのほか普段よりも物事が理解できなくなったことがわかる。
例えば、先日の試験で高得点を得た講義の教科書なども、読み返してみても何がどうなっているのか『わからなくなって』いた。
「でももう『契約』しちゃったし」
思考力が劇的に低下している事を体感すれば、朝賀の背筋をざわざわと得体のしれない恐怖感が掛け登ってくる。
だが、その恐怖の正体が何なのかすら考える事が出来ない。
深く思考しようとすれば、まるで手で掬った水の様にとどめる事が出来ずに滑り落ちて漏れ出ていく。
暇をつぶそうと思って読みかけた小説を改めて手に取るも、今は理解できなくなっている事だけは思い出せて放り出す。
「しょーがね」
仕方なしにスマホでSNSを流し見する。意味があってやっている訳でも、流れている内容がわかるわけでもない。眠いわけでもないので、これくらいしかやれることがないのだ。だが。
「……ッ!」
不意に、朝賀の意識を猛烈な『情報』の津波が上書いていく。目まぐるしく変わっていくスライドショーめいたイメージは、どれもこれも『破壊』で統一されていた。地球環境の不可逆の破壊。洪水、台風、地震、猛火、汚染。
「やめろ……ッ!やめてくれ!」
ワンルームマンションの誰も助けに来ないベッドの上で、朝賀は借り物の、お仕着せの思考の洪水にのたうち回る。なおも恐ろしいのはその情念だ。
吐き気を催すほどの憎悪、全身の血が溶岩に置き換わったかの様な憤怒が、日々ぼんやり生きてきたにすぎない朝賀の神経を隅々まであぶっていく。
「ハッ……ハッ……」
『混線』はやがて潮が引くように収まり、朝賀に一つの理解を残す。
「誰かが、人類の滅ぼし方を……?」
【続かない:799文字】