アバタール・イリュージョン
この世界で、ちゃんと人間の姿形をしている存在を見ると安心できる。
ディテールが省かれた電脳仮想空間内のバーで、隣のカウンター席に座った一抱えほどのアワビを見て自分は痛切にそれを感じた。
「となり、よろしいですかね?」
「ドーゾ」
順番が逆な気もしたが、かといってそれを主張するのも狭量であると考えなおせば、深く気にせずに隣のうごめくアワビの問いかけを鷹揚に流す。
このでっち上げの仮装世界でどんな姿をするかは個々人の自由でしかない。その結果、この世界ではどこもかしこも美少女美少年、後はどういう存在なのかよくわからないインターネット妖怪ばかりが見かけるようになった。
「はい、ご注文のオキナワ・ビール」
「ドーモ」
今ビールを置いてくれたここのマスターも、美女のバーテンなどと言う気の利いた存在ではない。ビールサーバーと多腕カクテルメイカーが悪魔合体したような奇怪な機械だ。いわく、その方が都合がいいという。
当然、彼に顔というパーツはなく、おざなりに据え付けられたモニタに雑なアスキーアートで彼は感情を表現していた。
手にしたジョッキを煽る。ニューロンをジャックした電気信号が、確かなのど越しと酩酊を運んできた。もちろん現実の俺の身体は白目を剥いてベッドに転がっているはずだ。もっとも電気信号で脳を錯覚させた方が、リアルで呑むより健康にいいと言うのだから皮肉が効いている。
「いらっしゃい」
マスターの声から、バーの入り口をちらりと流し見るとこれぞエルフとでも言いたげな見目麗しい少女が、肩で息をつきながらまっすぐに俺の方を見ていた。すぐに視線をカウンター内に戻す。
この世界じゃ見た目から得られる情報は何ら役に立たない、特に美人連中のハラワタは煮込んだスカムが詰まってるのが相場だ。要するに関わるべきではない。
そんな俺のつましい願いと裏腹に、ソイツはまっすぐここまでやってきては俺の胸倉をつかんでつるし上げてきた。
【続く】