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どちかというと人付き合いの間合い保持は大事
ちょっと前、ちっちゃな違和感とか不快感がちょくちょく生じる相手とは距離を取った方がいい的言説があった、つか多分今でも流通してるし、カウンター論法でおまえは距離おかれて悲しくないのかよとかそういう話も出た。
この話、人間の性質は継続する部分と変質する部分の両方があるので時間が経過することで何も感じなくなることもあるし、やっぱ合わないなコイツってなることもある。ケースバイケース。
ただまあ、あまりにも合わないなって時は俺は距離を取っていいと思う。
理由はシンプル。将来的な殺傷事件の元だからである。生理学的にも頷けるし、実例もちょいちょい起こっている。例えば、ご老人同士の刃傷沙汰。アレは通りすがりよりも長い付き合い同士で起こっていることが結構ある気がする。記憶に残る程度には定期的に起こっているわけだ。
なんでかと言うと、まずじんるいは年をとると理性を司るお脳の部分が衰えてきて、ちょっとした行動にも歯止めがききにくくなる。ギャンブルもそうだし、くだらないダジャレを(いや、これはつまらないな、やめておこう)とストップする前に口に出しちゃったり、ひどい場合はゲンコツが飛ぶ。これは自然の摂理であり、老衰に伴う物理的事象なので仕方がない。はやく対老化医療の開発されることが待たれる。
そこに、長い付き合いの中でちっちゃな不快感がちょいちょい供給されていくと、若い頃は我慢出来ていたモノが年を取ってから我慢できなくなる。じんるいはちっちゃな不快感もチリツモ理論でクソデカ憎悪になる生き物っぽい性質があり、離婚とか言い出されるのはまだ我慢が効いている方でそういう歯止めも利かなくなった事例があの不定期に出る、老人同士の刃傷沙汰、なのではないかと思う。
戦場へ
こういうことを考えるようになってから、そっと距離を置かれても返って静かに感謝するようになった。やっぱ人同士の相性上適度な距離感とかがあり、こっちが調節したり向こうが調節したり、どっちもお互い様で必要な事なのだと思う。寂しいけれど、将来切り合いするよりかはマシですよ、ええ。
ソーシャルクリアリング、ヨシ!
今回はここまで、またな。
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