見出し画像

紅閻魔の休日

深山幽谷に建つ朱を基調とした現実離れした構造の温泉旅館「閻魔亭」。
その橋のたもとで女将である元・獄卒の少女、紅閻魔は大挙して訪れた温泉客を送りだしていた。

顔を上げると短く切りそろえた雀色の髪が揺れる。中央の長く伸びた一房はあたかも尾羽のようだ。

「ふわぁ……あ、いけまちぇん。お客様をお見送りしたら気が抜けてしまいまちた」

閻魔亭は今経営再建が成功し大勢の宿泊客が押し寄せるようになっていた。
それは喜ばしきことであり、また……

「やっぱり従業員を増やさなくてはいけまちぇんね。このままでは充分におもてなし出来なくなってしまいまち」

急激な繁忙化は人手不足を意味するのであった。
正月は臨時に協力が得られたがその協力者達も既に戻るべきところへ戻っている。

「さ、新しいお客様に挨拶しまちぇんと」

ーーーーー

「閻魔亭にようこそ。歓迎するでち、お客様」

視野高く美しい深山が見渡せる客室にて紅閻魔は楚々としたしぐさで新たな宿泊客に挨拶する。
その相手はつややかな美しい黒髪をポニーテールにまとめ、薄紅色の着物をまとう穏やかな雰囲気の女性。

「ご挨拶ありがとうございます、紅閻魔さん」
「はい、ごゆるりとおすご……」

少女はそこまで言って糸が切れたように意識を失い倒れ込むところを宿泊客の女性に受け止められた。
普段の彼女であれば宿泊客の前で倒れ込む事などありえない事だが、連日続いた過剰労働が知らず知らずのうちに少女の余力を限界まで奪い去っていたのだった。

ーーーーー

「ん、ん……」

紅閻魔が目を開けると夕刻の光が瞳にうつる。目の前には心配げに望み込む宿泊客の美しい黒い瞳。

「あちき、気絶してまちたか?」
「はい、私の目の前で……」
「お恥ずかしい所をお見せしたでち……」

身を起こそうとする少女をさとして膝枕したままいたわる宿泊客。

「雀さん達からお願いされちゃいました。仕事は自分達でやるのであなたをいたわってほしいと」
「ちゅん……お客様にお願いするようなことじゃないでち」
「いいんですよ、お泊りさせていただくのはこちらですもの」

たおやかに微笑む宿泊客。その菩薩めいた微笑に感じ入りつつも礼を告げて身を起こす少女。

「一生の不覚でちた。ありがとうございまちお客様。あちきはこれから夕餉の準備にうつるでち」
「あの、よろしければ……なんですが」

宿泊客の女性は一度言葉を切ると改めて紅閻魔につげる。

「貴女のお仕事を、少しお手伝いさせていただけませんか?」
「め、滅相もないでち!」
「でも、お疲れなんでしょう?」

一度目を伏せるも、視線の端で菩薩めいて微笑む女性をちらりと見る。

「あちきはいいのでちが、このままだと雀達も休むのが難しいでち……お言葉に甘えてよいでちか?」
「ええ、喜んで」

女性の言葉に感極まって抱き着く少女。

「よろしく……よろしくお願いするのでち」
「ええ、こちらこそよろしくお願いいたします」

ーーーーー

「……で、休暇中休むどころかばっちり働いちゃったと」
「せっかくご紹介いただいたのにすみません、提督。でも楽しいお休みになりました」
「鳳翔が満足したならそれでいいさ」

旅行先でも働いた、というわりに満足した表情の鳳翔にお土産は皆で開けるように言い含めて見送る提督。背を伸ばすと立場のわりに安い椅子がギシギシなる。

「……ま、実は紅ちゃんの方が鳳翔さんより年上なんだが。それは黙っておきますか」

【紅閻魔の休日:おわり】

#小説 #二次創作 #紅閻魔 #鳳翔  

ドネートは基本おれのせいかつに使われる。 生計以上のドネートはほかのパルプ・スリンガーにドネートされたり恵まれぬ人々に寄付したりする、つもりだ。 amazonのドネートまどぐちはこちらから。 https://bit.ly/2ULpdyL