あなたの人生がどれほど恵まれていたことか。#22
これまでに何一つ不自由のない人生を送れていたこと。
それはあまりにも恵まれたことだ。
全てを既に手に入れている、といっても過言ではない。
あんたがそうしてずっと誰かに無条件で生かされているのは、生きていてほしいという愛情からくる願いと、それを支える品格だ。
あなたはもう、お金では買えない莫大な資産を抱えて生まれてきたのだ。
と、恵まれた人に思う。
だから謙虚に生きたいと自分自身も思う。それは決して慎ましく生きることではなく、誰かを救う気持ちを持ち合わせたいという、欲望の話。
もし我々が、困窮した社会に生まれていたら、きっと悪事を働いていただろうし、生きるためにもう少し必死だったと思う。
世界にはそういう人間が山のようにいるが、果たして彼らが悪いと言えるだろうか。
自分だったらと、何かしたわけでもないのに反省の気持ちすら憶える。
ただ、決して生まれてきた環境を養護する訳では無いし、貧困の中にも品性を兼ね備えた立派な人間もいて、その反対だって当たり前のようにいる。
だからあなたの価値観が、少なくとも今の恵まれた環境ありきのものであるならば、あなたの生きている世界はあまりにも狭すぎると思う。
色々な人間に出会い、自分の品性・品格を今一度見直すべきだ。
そういった心がけで僕も日々を過ごしている。
今の幸せが誰にも奪われないという保証などどこにもない。
だから、謙虚に腰を落とし、自分の自分に対する評価を過信してはならない。
貧しい国に生まれて明日の飯の予定も立てられないほどの環境を虐げられた人達は、反撃の狼煙を立てる準備は常にできている。
かといって、そういった国に何も考えずにただお金を落とし込んでいくだけの募金やボランティアは必要ない。
お金を落としただけで人の心がまるっきり生まれ変わるほど人間は優しくできちゃいないさ。
所詮その欲望がまして、いつまでも貧乏のフリをされてお金を搾取されるだけ。
そんなことの繰り返しが日々の善行とは言えないし、そんなもので人の品性は育たない。
だから自分の恵まれた環境を自覚するべきだと思っている。
誰かを敵に回さないと平常心を保っていられないくらい自分の過去が憎いなら、復讐する相手を少し変えるだけであなたの怒りはやがて凄まじいエネルギーへと変換される。
怒りの矛先を間違えてくれるな。
怒りを、正しく使うんだ。
自分だけが特別悪かったなんで事を考える暇があったら、自分が誰よりも優れている部分をいち早く見つけて自覚するべきだと思う。
恵まれた環境に胡座をかいてふんぞり返った平和ボケ野郎に果たして魅力や尊敬の念はあるだろうか。
せめて人間数十億人というこの世界に生まれて一度しか無い人生を、バイキンマンで終わらせることはもう辞めにしないか。
人生の豊かさは、自分で決めろ。