ある晴れた土曜日に【#あざとごはん】
「目玉焼きにウスターソースかけた奴って、時々無性に食べたくならねえ?」
俺は、カリッと焦げた香ばしい白身部分に、ソースをかけながらそう言った。土曜日の晴れた朝。美味い朝飯をのんびり味わえる幸せを、卵と一緒に噛み締める。
「そうねえ、俺は醤油派だなー」
テーブルの向かいに座る大地は、黄身に醤油を少量垂らし、ベーコンとマッシュポテトをフォークで器用に絡めて口に運んだ。思わず俺はツッコんだ。
「ベーコンエッグに醤油って」
「旨さは国を越えるんだよ。ポテチだって海外発祥だけど、バター醤油味とか美味しいじゃない」
穏やかな調子のまま、大地は続けた。
「良太、先月分の食費とかいろいろ、LINEで請求しといた。支払いは次に会った時でいいから」
「……」
俺は黙り込んだ。付き合い始めは週末だけだったお泊りも、最近は頻度が増している。それは大地の作る飯が美味いからってのも大きい。今月は何回泊まったっけ?そして先月、仕事のストレスで服を衝動買いしたことを思い出した……やばいかも。預金残高に思いを馳せ、尻のあたりが薄ら寒くなる。
俺の変化を大地は敏感に察したようだったけど、にこやかな顔のまま「最近は、野菜も油も値上がって困るよね、ほんと」と、コーヒーを口に運んだ。俺は彼をしげしげと眺めた。
「お前のそういうさ……いい笑顔でズバリ言うとこ、薬剤師って感じするわ」
「笑顔でズバリは、医療従事者の必須スキルだからねえ。遠慮してちゃ仕事ができない。けど、客を不快にさせないよう、常に冷静に、簡潔に、丁寧に」
「ですよねー……」
「金のことはキッチリしとこう。友情を長続きさせるコツだろ」
「友情?」
俺と彼のまなざしが絡まりあった。微妙な沈黙が、朝の光にたゆたう。
大地は先に目を逸らすと、小鉢に盛られたオレンジの一切れを、右手でつまんだ。すかさず俺は左手でその手首を掴んで、自分の口に引き寄せると果実を咥えた。みずみずしい果肉を吸い込み、咀嚼して飲み込む。そのまま大地の指先を口に含んで果汁を舐め、指の表面を探るように舌先を動かしながら、彼の顔を伺った。
大地の眼はこころなしか潤んで、上気しているように見える。俺は彼の手を口から離すとグッと握りしめて、ニヤリと笑った。
「な……金じゃなくてさ、カラダで払うってのは、どう?」
大地の眼の温度がすーっと冷えてゆく。彼は俺の手から右手を抜き取ると、極上の笑顔で言い放った。
「ふざけんなよこの野郎」
煽ったつもりが逆に煽られ……身体の底から湧き上がる熱を抑えるように、大きく息を吸い込んで、止める。
──ああ。我ながら重症だ。