JAF Lapture讃歌
誰しもが一度は飲みの席で話したことのある話題であろう、「無人島に持っていくとしたらどの書体」だが、その答えは世界で一つしか許されていない。それは当然、この世に生まれた書体の中で最も美しい書体、Just Another FoundryのLaptureである。
Cyrillicもまた美しい。
元々JAF Laptureは、ブラックレターの専門家とも謳われるAlbert Kaprが作ったLeipziger Antiquaの復刻だ。そういう意味では、これはAlbert Kapr讃歌といってもいい。彼が他に発表したFaustという書体もまた彼の思想をよく表した書体だ。
Albert Kaprの名前は聞くこともあまり無ければ、話題にあげてもあまり伝わることもなく非常に悲しい限りなのだが、実際彼の名前を適当に検索しただけではあまり情報のたどり着けないのも確か。20世紀の最も功績と影響力とあるデザイナーの一角といって差し支えないような存在のはずなのだが・・・今はそんなことはどうでもいい。彼のFaustが素晴らしいことも、今は主題ではない。Faustのデジタル復刻がRed Rooster Collectionぐらいからしかなく、それもMyfontsから取り下げられてる今アクセスの手段がない書体であることがあまりに罪であることも、流通がないのであれば私が復刻するしかないのかと思っていることも、今は主題ではない。Faustで見られる造形が、後の彼のLeipziger Antiquaにそのまま引き継がれていることが、ここでの主題なのだ。
バスタルダ体に情熱を持って触れ合っていた彼が、当時として現代的な書体に落とし込んだ答えというものがFaustとLeipziger Antiquaである。彼曰く、ブラックレターシェイプをローマン体に融合させるための基盤がある。ホワイトスペース(文字の実体以外の余白)を細長い六角形とし、それを生み出すのは縦のステムと三角のセリフ。生まれるスペースは実像と同じだけ重要だ。しかしLeipziger AntiquaはTypoartから1971年に発表後、デジタルに復刻されることもなく忘れ去られてしまった。ルネッサンス期やヒューマニストなローマン体はこれだけ多く出ているのにも関わらずにだ。
JAF Laptureの話に移る前に、Ralph M. Unger氏の復刻を取り上げておきたい。なぜなら、彼の復刻はLaptureよりも原典を強く意識してるように感じるからだ。彼もまたLeipziger Antiquaの復刻をLaptureの同時期の2005年に行っている。彼のURWでの復刻(Leipziger Antiqua)は先端が丸く処理され、少しもたった印象の、この時代の活版時代の文字の復刻によくある処理になっている。それでも、元のKaprのLeipziger Antiquaを捉えてるだけあってその造形は美しい。この書体を象徴するような、ペンの傾きと線の折れ目は、縦の印象が強いこの書体に一定の流動性を生み出している。ただしパスの扱いと曲線の出来は、とても失礼ながら最適解とは言えない。
後のUnger氏のLipsia Proは、またLipisaなりの良さがあるのだが、今度は少しコントラストが強く、また曲線の肩は丸みを強調したデザインになっていることから、多少従来のローマン体に引っ張られている印象を感じざるおえない。原典に寄せた結果なのかもしれないが、生憎Typoartの見本帳の実物を持っているわけではないので、高解像度の比較はできない。なのでこれはあくまで主観的な好みの話として、という逃げ道を用意させてほしい。「f」なども原典同様先端がかなり尖った処理になっており、滲みのない造形はかなりカクついた印象を強く持たせる。ある意味、ディスプレイとしてはすごく良い仕事をしてくれる書体なのかもしれない。
またイタリックの実装が、正体で見られた文字の肩の造形が消え、多くの文字が丸みの強い造形に変わり、ボディの鋭い流線が失われている。原典に強く寄った結果なのだろうが、逆に「v」や「w」などでは角を強く残すような、あまり現代的な造形の作りではではないように感じてしまう。ブラックレター的な骨太さを残しながら、ローマン体特有の丸みの調和を楽しむ書体において鋭すぎたり、逆にカーブがぬるい造形はあまり書体に合っているとは思えない。原典に忠実なことはそれそのものが美徳であるために、この書体を下げているわけではもちろんないのだが、あくまで使う側の主観としての話である。
そのあたり、JAF Laptureは見事に解決している。Just Another FoundryのTim Ahren氏により2004年にリリースしたこの改刻は、全体としてコントラストを弱め、ブラックレターインスパイアなローマン体としての骨太さと存在感を確かなものとしている。セリフを厚めに残し、テキストとしても問題なく機能させながら、ディスプレイにしたときもどっしりと構えられる。可憐で吹いて飛びそうなディスプレイなどは、従来のローマン体に任せておけばいいのだ。この書体でしかできないことを確かに出来るような作りに仕上がっている。確実にLeipziger Antiquaの核を残しながら、細かい調整で現代に通用する耐久性を実現させている。
テキストとしてももちろんこの書体は、唯一無二の存在感を放っている。最近では、私と同じ世界線で生きているならば既に皆視聴したであろうRiot Gamesのアニメーション作品『Arcane』の、メイキング本の本文書体がLaptureである。本を開いた瞬間にあまりの後光に目が潰れ、窓ガラスが全て割れた。世界で一番美しい作品には、世界で一番美しい書体が似合うのだ。わかっている人は書体選びもわかっている。さておき、本文で組まれたLaptureはそれ単体で世界観を演出出来るだけの造形的な個性を持っている。それは物語に付随することもできれば、語ることもできる。
古典的なレファレンスの書体なだけあり、ファンタジー作品のお供にはもちろん、ポップな装丁にしても、Laptureならば固く紙面を抑えまとめられる。組版の印象はもちろん書体によって決まるわけだが、Laptureはぱっと見の組版の印象は頑強に、しかし寄って見た時にはその造形はホワイトスペースに温かみを生み、それぞれの文字を見たときに感じたはずの鋭い印象は消え、すらすらと読めてしまう、魔法のような書体なのだ。あまりにもスペーシングが上手すぎる。文中にイタリックで書かれたLeague of Legendsの文字列などはLeipziger Antiquaから改変され一階建てになった「g」の良さだけが滲み出ている。北欧写本好きな筆者もにっこりな、なだらかな左肩とハネである。この曲線がたまらなく気持ちいい。
前述した「v、w」等の問題も解決している。線幅のコントラストが弱まったことも影響しているが、接合部をより滲んだような曲線処理にすることによって、他の文字との調和を保つことに成功している。より手書きのプロト・ゴシック的造形度が増したと言ってもいい。
特に「C」などは大文字小文字共にいつまでも見ていられる曲線美だ。ペンの傾きを感じさせる左肩から流れ落ちる縦ステムと、接合する上部の横ストローク。外は滑らかながら内で締め上げ、生まれたホワイトスペースの懐の広さは書体の器の大きさを示し、実体はしなやかに書体の柔軟さを示している。この美しさに匹敵するカーブを描ける日が来るのだろうか、いや、この「C」を超える美しさを持った文字を私は見たことがない。この「C」と「c」の左肩に思いを馳せているだけで一日が終わってしまう。改刻の際にコントラストが変わっているため、原典がどうこうという話ではないのだ。これはTim Ahren氏の卓越したバランス感覚から生まれた恵みであり、それを享受できる時代に生まれた我々はあまりにも幸福であることに間違いはない。是非、サイトでもAdobe Fontsでも、もちろん購入してイラレ上や印刷しても楽しんでほしい。酒のつまみにだって、JAF Laptureはなるのだから。
特殊な文字に見えて、JAF Laptureの幅はとどまるところを知らない。曲線的なエレガントな書体は数多くも、これだけの汎用性を持ちながら厳格さを感じさせる文字は少ない。ブラックレターが古めかしく、また権威的でシンボリックになりすぎ、読みづらい割にはビジュアルとしてもありきたりと感じる場面でも、JAF Laptureはゴシックテイストを纏いながら優雅に解決してみせる。正直、もっと語りたいのは山々だが実際書けることがあんまりない。なに言っても結局美しいで終わっちゃうので。
だが難点とは言えない程度のちょっとした困りごとがある。いや、これは書体のせいではなく、あくまでこの書体のその無限のポテンシャルを引き出せない筆者の乏しい組版スキルの問題なのだが。それは混植する和文選びがとても難しい点。私の知っている明朝体はどれもコントラストが強いものが多く、性質上カリグラフィックなこの書体にはどれも曲線的すぎてLaptureの圧倒的存在感の前に立ちすくんでしまうのだ。私に言わせれば、Laptureに合わせる和文書体がないのであれば、いっそ和文を書かなければいいと思うのだが、経験上あまり賛同を得られていないので、どうにか混植相手を見つけなければならない。
楷書に近い作りをしているグレコ(フォントワークス)や、RuS Fjernをリリースした際に一緒に組んでくださっていたのを見かけた霞青藍(モリサワ)などコントラストの弱めな文字を用意することになるのだろうが、どちらにせよ少し特殊な文字を用意することになる。なにかいい組み合わせを持ち合わせていたら、是非コメント等で教えてください。
この書体について書こうと思ったのは純粋にこの書体が好きなのはもちろんだが、この書体が私にとって特別だというのもある。恥ずかしながら、この歴史のある文字に出会ったのは私にとっては比較的最近。卒業制作に苦しんでいた2年前の秋頃、プロト・ゴシック体とも言える1200年代北欧写本の文字をスタートポイントに、ゴシック的要素を含んだ本文書体として使えるローマン体を開発しようとしていた。苦しんでいたと表現した以上、このプロセスが簡単なものでは全くもってない。寝ても覚めてもゲルマンの魂に思いを馳せ、稚拙なカーブを弄り回しては発狂し、気絶するように寝床につく毎日に、ブレイクスルーのbの字もなかったのは、この書体に出会うまでだった。JAF LaptureとLeipziger Antiquaの「c」を見たとき、自分の造形力の未熟さと発想の貧相さを自覚し脳を焼かれた。その時に見た同ファウンダリーのJAF Herbは、いずれRuS Fjernとなる書体を作りたいと思わせた書体であるのだが、余談が過ぎるか。
卒制として発表した「Muninn Antiqua」は、完成とは言えない出来ではあるが、ひとまずなにをやりたかったかを表現するだけの出来にはなったと思っている。未だに、書体一覧の中のLaptureを見かけると手が止まり、使わないとわかっている場面でも一度試し、打ち出された文字列の美しさに感動し、仕事をほったらかしてGlyphsを開きMuninn Antiquaの手直しを始めてしまう。Laptureは私にとってそういう書体なのだ。無人島に持っていくとしたらLapture以外の書体はない。私の孤独を埋められる書体はLapture以外に存在しえないからだ。
Muninn Antiqua、リリースいつになるかなぁ・・・