もうひとつのジャニーズ問題
お断り)
このエッセイを書いてしばらくしてから、今度は宝塚のイジメによる自殺が大きく報じられました。残念ですが、こういうことはまだまだあるのかもしれません。被害に遭っている人はすぐにその場を去るべきだし、そういう事実を知っている人は声を上げるべきだと思います。人を精神的肉体的に傷つけることは犯罪だという意識が低すぎます。人を傷つけるのはもちろんですが、そういう事実を知っているのに口をつぐんでいる人も卑劣だと思います。
本文)
ジャニーズ問題はいくつもの重大な問題を炙り出してくれた。芸能界やメディアがそれを知りつつ長い間ジャニーズ性加害問題をタブー視していたことは大問題だ。でも、それと同じくらい私が嫌だったのは、かつて勇気を持ってこの問題を告発した人たちがいたのに、その声をメディアが葬り去ったことだ。
バブルの頃、フォーリーブスの北公次さんがジャニー喜多川の性加害の告発本を出版したとき、メディアはそれを暴露本として扱った。「暴露本」という言葉には「落ち目の芸能人が誰かの秘密を暴露して私憤を晴らし、金儲けをする」というようなネガティブな印象があり、スキャンダラスな暴露本は売れるかもしれないが、それを書いた人の評価はおそらく大きく下がり、タレント生命を失うことにさえなりかねない。「暴露本」に対する世間のイメージはそういうものだったろうと思う。
少なくとも私はこのとき、「何か悔しい思いがあったのだろうけど、自分の価値が下がるだけだから暴露本なんか出さなきゃいいのに」と思ったことを覚えている。当時、私もジャニーズ問題を噂としては聞いたことがあったが、「芸能界のことは何が本当で何が嘘かわからない」というくらいの認識で、これほど深刻な問題だとは思っていなかった。今思うと、メディアは北公次さんの勇気ある告発を「暴露本」というレッテルを貼って貶め、彼の告発を過去のアイドルの虚言として葬り去ったのだ。その前後にも何人か同じように告発本を出版した人がいたが、みんな同じ目に遭ったようだ。
あのとき、北公次さんたちの告発が世間に無視され失敗に終わったのを見て、声を上げても無駄どころか自分が芸能界から干されかねないと、声を上げることを断念した人もいたに違いない。私は北公次さんに申し訳なかったと思う。あのとき私は、メディアが付けた「暴露本」というレッテルの方を信じてしまった。当時誰かが北公次さんの告発をきちんと聞いていたら、もっと早くジャニーズ問題は明るみに出ていただろう。そうしなかったために問題の発覚は30年以上も遅れ、さらに被害者を増やす結果になってしまった。
今回多くの人たちが実名を出して声を上げることができたのは彼らに勇気があったからというだけではなくて、BBCが被害者の声を無視しなかったからだ。
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ところで、タイトルの「もうひとつのジャニーズ問題」とはこのことではない。大学の体育会が抱える問題について言及したい。ここにはジャニーズ問題と同じような悪質なパワハラ構造が横たわっていると思うからだ。
大学の体育会には「上級生には絶対服従」という悪しき伝統があることは周知の事実だ。大学によって、体育会によって、その中身は異なるだろうけど、上級生には逆らえず、バカな上級生にどんな理不尽な要求を突きつけられてもそれに従わなければならない悪習があると聞く。
性加害を受けたジャニーズの子供たちとは違いこっちは大学生なので、嫌なら体育会をやめる判断もできるだろうから、問題はなかなか外に見えてこないが、実際は、今でもシゴキという名のいじめや暴力が続いているのではないかと危惧する。
みんな薄々知ってはいても、「体育会とはそういうもの」という認識で、暴力もいじめもシゴキと言い換えて必要悪のように捉えているのではないだろうか。一部の企業はシゴキに耐えた忍耐力やタフさを評価するのか、就職では「体育系」出身であることが有利に働くことさえある。大学だって体育会の上下関係の実態を知らないはずはないのに、大学も企業もそれには触れない。
でも、おかしい、相手が上級生であろうと誰であろうと絶対服従なんていうのは。間違っていることを間違っていると言えない状況や場の空気があるというのは、絶対におかしいし、とても危険だ。軍隊の悪き伝統が踏襲されているのだろうか。そんな腐った因襲が、仮にも大学という最高学府にいまだに蔓延っていることに疑問を感じない人が多いということがとても恐ろしい。暴力や陰湿ないじめもシゴキという言葉に置き換えられると、そういう世界では正当化されてしまうらしい。
子供ではなく大学生なので、嫌なら体育会をやめればいいという逃げ道がある点ではジャニーズ問題と異なる。でも、上の者に逆らえず嫌なことを強要させられたり、シゴキという名の暴力やいじめを受けたり、屈辱的な思いをさせられ、心に深い傷を負わせられるというパワハラ構造はジャニーズ問題と全く同じだ。
こんな軍国主義の産物のような悪習が黙認されている国が他の先進国にあるだろうか。私は欧米の価値観や道徳観が全て正しいとは思わない。だが、こんな非人間的なシステムは否定する。
日本の大学の体育会のシゴキという名のパワハラも、BBCに取材してほしい。情けないけれど、日本人にはこういうことを自力で変える意思も意欲もない。
追記)
大学の体育会のシゴキという名の暴力については、今でも時折間接的に聞くことがあります。最近は減っているのかと思ってネットで調べてみたら、過去の記述が多いものの、今でもまだあるようだったので、この記事を書きました。私の杞憂ならいいのですが。
らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。
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