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鳩時計おじさん
西武新宿線沿線某駅の商店街に「〇〇文化マーケット」という、薄暗くて怪しげな通りがあり、その入り口の一角にゴミ屋敷かと見まごうような、間口の狭いなんでも屋がある。
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カバンやら、オーブントースターやら、作業用ヘルメットやら、傘やら、服やら、腕時計やら、あれやこれやが雑然と見えて整然と店先に並ぶ。その奥の畳一畳分くらいのスペースにおじさんが潜んでいて、ちょっと足を止めて店先の商品を物色しようものなら、ハトが時計から「ポポっ」と鳴きながら飛び出してくるみたいに、「ポポっ」とは鳴かないが、「ポポっ」と店先に飛び出してくる。
そして、店のこと、商品のこと、自分の経歴などを中国語訛りと思しき日本語で語り出す。むかし紹介されたと言ってセピア色の雑誌記事まで見せてくれた。都市伝説みたいで面白かったのでひとしきり話を聞いて、帰ろうとすると、大阪のおばちゃんみたいにアメちゃんをくれた。
後日、近くで友人と食事をした帰り、「面白い店があるから」と誘ってその店に行き、店頭の腕時計を見ていると、案の定、おじさんが「ポポっ」と現れて腕時計の説明をする。友人が「これなんかどう?」と言って、可愛いデザインの腕時計を私に見せるので、なんだか買わなきゃいけない流れになる。いくらか負けてもらって3000円払うと、おじさんは今度もアメちゃんをくれた。友人はアメちゃんを受け取らなかった。おじさんは腕時計の電池交換もやっているそうだ。
さらに後日、アメリカから若いカップルが遊びに来た。日本には何度も来ており、新宿や渋谷はよく知っている。そこで、観光客があまり来ない西武新宿線沿線でおでんを食べようということになり、この商店街に連れてきた。食事の後、私はもちろん二人を「〇〇文化マーケット」に案内し、まず、薄暗くて怪しげな「〇〇文化マーケット」を通り抜けるという肝試しをした。真冬なのに。「いいでしょ、ここ。怪しいでしょ。面白いでしょ。イーストビレッジにもこんなとこないでしょ」と自慢気だったのは私だけで、二人がどう思ったかはよくわからない。
そのあと鳩時計おじさんの店(あ、そういえば、店の名前はいまだに知らない)に足を止めると、やっぱりおじさんは「ポポっ」と出てきた。アメリカ人カップルは日本語が堪能で礼儀正しい人たちなので、失礼のないようにおじさんの話に適度な相槌を打ちながら聞いていた。そして、帰ろうとすると、今度もおじさんはポッケからアメちゃんを取り出した。三人ともアメちゃんをもらって駅に向かった。
鳩時計おじさんからアメちゃんをもらうためのマニュアル
1)西武新宿線沿線の某駅近くの「〇〇文化マーケット」を探す。
2)その角にある何でも屋の店先で足を止め、並んでいる商品を物色する(ふりをするのでもよい)。
3)鳩時計おじさんが「ポポっ」と現れる。
4)しばし、相槌を打ちながらおじさんの話を聞く。
5)おじさんが話ができたことに満足すると、おじさんから大阪のおばちゃんになって飴ちゃんをくれる。
らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。
らうす・こんぶのnote:
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