マグリットの雲
私は自分のアパートがとても気に入っている。理由はいくつかあるが、そのひとつはベランダから空が広く見渡せること。高い建物がないので快晴の日には遠くに富士山まで眺めることができる。季節により、時間帯により、刻々と表情を変える空は本当に美しい。
今日は、真っ青な空にところどころシルバーがかったかき氷のように輝く真っ白な雲がぽっかりぽっかり浮かんでいる。こういう空を見ると、いつもルネ・マグリットが描いた雲の絵を思い出す。そして、マグリットが雲の絵を描きたくなった気持ちがわかるような気がしてくる。
パソコンに向かうのに飽きてくると、右を向いてベランダの向こうに広がる空を見る。刻々とかたちや色を変えて流れるマグリットの雲が私のためだけにそこにあるようで、なんともゆたかな気持ちになる。
大都会、東京の空がこんなにも青くて、雲がこんなにも白や銀色に輝いて浮かんでいるなんて奇跡だ。
これまで真夏の入道雲や初秋の鱗雲を見て季節を感じることはよくあったが、青い空にぽっかり浮かんだ雲を眺めて楽しんだことはあまりなかったような気がする。ニューヨークに住んでいたときも、空が青いと思ったことは何度もあるが、雲の色やかたちに心が動いた記憶はない。それなのに、なぜ、帰国してから青い空に浮かんだり流れたりする雲を見るのが好きになったのだろう。
ニューヨークの近代美術館にマグリットの絵がいくつかあったのでよく見に行った。中でも雲の絵と「光の帝国」の絵が大好きだったので、それらの絵画の前ではよく長い時間立ち止まって眺めていた。
だからかもしれない。
何度もマグリットの「ぽっかり浮かんだ雲」の絵を見ていたので、いつの間にかマグリットの雲が私の潜在意識に刻印されたのだろう。それが私のベランダに「マグリットの雲」を引き寄せているのだろうと思うと楽しくなった。
帰国してマグリットの絵が見られないのを寂しく思っていたら、こんな素晴らしいマグリットの雲を毎日見ることができるようになるなんて。
しあわせって案外身近なところにあるものだ、とよく言われる。それってほんとだなあと思った今日でした。
らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。
らうす・こんぶのnote:
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