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外から見た日本語1ーとり肉と野菜を食べました

自分のことはわかっているようで案外よくわかっていないように、母語として日本語を使っていると空気みたいに当たり前すぎて、日本語の特質とか日本語に託された日本の文化になかなか気づかない。他のことばと比べて初めて気づくことが多い。だから、日本語を勉強している外国人と話しているといろんなことに気づくことができておもしろい。

ニューヨークで10年以上個人レッスンで日本語を教えてきた。「こんにちは」と「ありがとう」くらいしか知らない初心者から、「せっかく勉強した日本語を忘れたくないから」という理由でレッスンを受ける上級者や言語学の博士号を持つ人まで、年齢、職業、国籍もさまざまな人たちを。その過程で生徒さんたちからいろいろ面白いことに気づかせてもらった。せっかくだから思い出すままに記録しておこうと思う。

とり肉と野菜を食べました。

日本語を習い始めて1ヶ月くらいたつと、教科書に「毎朝何を食べますか。パンと卵を食べます。」という文章が出てくる。そこで、「〜を食べます(食べました)」の練習のために、生徒に「昨日何を食べましたか」と聞くと、「とり肉と野菜を食べました」みたいな答えが返ってくる。とり肉が牛肉になったり魚になったり、野菜がジャガイモとニンジンになったりというバリエーションはあるものの、ほとんど全員このように答えるのだ。さすがに、ハンバーガーとか、サンドイッチ、ピザなどだったらわざわざ分解して材料を答えることはないけれど。

「何を食べましたか」と聞かれたら、日本人だったら「とんかつ」とか「サバの味噌煮とほうれん草のおひたし」などと答えるだろう。「とり肉と野菜」という答えを聞くと、私の頭にはスーパーの精肉コーナーに並んでいるパック入りの生のとり肉が浮かんでくる。朝ごはんを聞いても同じようなもので、「卵を食べました」とか「くだものを食べました」いう答えが返ってくる。日本人だったら卵を食べたにしても、卵焼きとか、オムレツとか、ハムエッグとか、そういう答えを求められているものだと考えるから、「卵を食べました」という答えはしない。でも、こっちの人たちは違うのだ。

「とり肉と野菜を食べました」は文法的には正しいが、日本語としてなんかおかしい。間違っちゃいないけど使えない日本語とでもいおうか、とにかく日本人に日本語で「何を食べましたか」と聞かれたことに対する答えになっていない。日本人の感覚としては、「とり肉と野菜を食べました」が答えになるような質問は、「どんな食物を摂取しましたか」だろう。こういう答えが返ってくるたび、それは料理の材料であって、日本人が「何を食べましたか」と聞くときは、カレーとか、とんかつとか、とりの唐揚げとか、どんな料理を食べたかを聞いているんですよ、と説明することになる。

でも、英語だったら、"What did you eat at lunch?", "Chicken and some vegetable."のような会話はおかしく聞こえないから不思議だ。思うに、アメリカではとり肉というだけで何を食べたか想像がつくからだろう。フライドチキンかローストチキンかどっちかだろうし、だったら唐揚げと親子丼ほどの違いはないから"I had chicken"ですむのだろう。

そんなことをつらつらと考えていてはたと気づいたことがある。そういえば、ニューヨークのレストランのメニューはまさにこれじゃないか。例えば、マンハッタンの某レストランのメニューはこんな感じだ。

グリルド ハリバット                         コロナビーンズ、ロメスコソース、春タマネギ

チリアン シーバス                          バタードコーン、芽キャベツ、赤タマネギ、マイクログリーン

ベイクド レッドスナッパー ベラクルス                ローステッド マルチカラード チリ、トマト、シラントロ、オリーブ、ケッパー

こんなメニューを見て食欲わく?「うわ〜おいしそう」って思える?私はメニューを見るたびにがっかりする。調理法と付け合せの野菜が何かくらいはわかるが、味付けは塩コショーなのか、他のスパイスも使っているのか、付け合せの野菜はサラダか、ソテーか、茹でてあるのか。「ローステッド マルチカラード チリ」というのはローストした七味唐辛子だろうか?コロナビーンズは豆だろうと見当が付くけど、ロメスコソースってなんだよ??

私は外食があまり好きじゃない。理由のひとつがこれ。メニューを見てもわかるのは材料だけ。どんな料理なのかよくわからないから、食事を楽しもうという気分が盛り上がらない。そして、よくわからないままにオーダーして、出てきた料理を見て、「こういう料理だったのか」と嘆息することが少なくない。レストランで食事をし慣れている人はそんなことないんだろうけど。こういうメニューを見ると、「昨日なに食べた?」の答えが「とり肉と野菜」になるのも無理ないなあと思うのだ。

そして、改めて日本料理を振り返ってみると、料理名のなんと豊かなことか。「しぐれ煮」、「みぞれソース」、「磯辺巻き」などは日本の自然といっしょに料理のイメージが膨らんできて食欲をそそられる。「生姜焼き」、「かば焼き」、「味噌煮込み」とあれば日本人ならすぐにどんな味か想像がつく。「煮っころがし」や「ぶっかけ」なんて聞くと無骨で豪快、庶民的な料理が浮かんでくる。「ホルモン焼き」とか「牛すじ煮込み」には、昔の人が食べられるものはなんでも無駄にせず、工夫しておいしく食べようとしたんだろうなと思ったりする。

日本に住んでいたときは、料理名から日本の自然や日本語の豊かさにまで思いを馳せたことはなかった。「とり肉と野菜を食べました」のおかげだ。

追記

今日、コロラドの大学に入学した生徒とスカイプレッスンした。今朝は早く起きたから朝ごはんを作って食べたというので、「何を食べたの?」と聞いたら、案の定「卵と赤ピーマンと玉ねぎとキューピー」という答え(笑)。

私:卵いくつ食べたの?

生徒:3つ。

私:どうやって?目玉焼き?

生徒:ううん、オムレツ。

私:赤ピーマンと玉ねぎはサラダ?キューピーマヨネーズで食べたの?

生徒:ううん、オムレツに入れて、キューピーをオムレツにかけて食べた。

私:そういうときはね、赤ピーマンと玉ねぎ入りのオムレツって言って。




らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

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