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”みんな仲良し”が嫌い

「好きな映画は」と聞かれると、いちばんに「バグダッド・カフェ」と答えていた時期があった。映画が好きでよく見ている人だったら、好きな映画をひとつだけ挙げるのはほとんど不可能だろう。私にもたくさん好きな映画があるが、その頃はまず「バグダッド・カフェ」と答えて、それから他の映画をアレもコレもとリストアップするのが常だった。

アメリカのモハーベ砂漠にあるさびれたモーテル「バグダッド・カフェ」を切り盛りしている黒人女性のブレンダは、役立たずの夫や言うことを聞かない子供たち、バグダッド・カフェに住み着いた変わり者たちに腹を立てていつもキリキリしていた。たまたまそこへ太ったドイツ人女性旅行者ヤスミンが現れ、次第にブレンダはじめバグダッド・カフェの住人と仲良くなっていく。

登場人物がみんなちょっとずつ変人っぽいながらも、チャーミングに描かれているので、映画を見ていると頬の筋肉が緩んでくる。ジリジリと太陽が照りつけ、まどろむこと以外何もしたくなくなるような砂漠のカフェ、まどろむのにぴったりの子守唄のようなテーマ曲、すべてが素敵な映画だった。

初めて見たのは30年も前。この映画が好きな理由、セリフ、シーンは多々あって、挙げていったらきりがないのでここでは言及しない。ただ、後年、2度目か3度目にこの映画を見たとき、好きな理由が新たにひとつ見つかった。それが私にはちょっとした発見に思えた。

バグダッド・カフェに長期滞在している女刺青師がいる。うろ覚えだが、大きな帽子をかぶり足首までの長いスカートを履いた、謎めいて魔女っぽい女。あまりセリフもなく目立たない登場人物なのだが、あるとき、急に「もうここにはいられない。出て行く」と言って、バグダッド・カフェを去って行く。

理由は、バグダッド・カフェの住人たちがみんな仲良くなってしまってそれが気に入らないと。彼女には、ヘンテコな住人たちがてんでに好き勝手に生活し、お互いに干渉し合わない距離感が心地よかったのだろう。初めて見たときはあまり印象に残らなかったこのシーンが今はやけに気に入っている。

私はへそ曲がりなので、「みんな仲良し。それって理想的だよね、ね」みたいな雰囲気は息苦しくて嫌いだ。みんな仲良しなんて状況あるわけがない。あるとしたら我慢して周囲に合わせている人がいるからだろう。みんなが同じ方向を向いているような状況は気持ちが悪いと思ってしまう。だから、この女刺青師に共感するのだろう。

初めて見たときはあまり記憶に残らなかったのに、今強い印象を受けるのは私が年をとったことも理由だ。バグダッド・カフェを初めて見たのはフリーランスとして働き始めた頃で、これでやっていけるのだろうかと不安を抱えながら、無我夢中で毎日を送っていた。自分にまだ自信が持てず、自分を信じたい気持ちと、でも、やっぱり周りに合わせないとフリーランスではやっていけないかもしれないという不安との間で、メトロノームのように揺れていた。

あの頃は、「みんな仲良しなんて気持ち悪い」と思っても、そのコミュニティを立ち去る勇気は持てなかっただろう。だから、初めて見たときは、あの女刺青師のことばにピンと来なかったのだ。

でも、あれから30年経ち、「ひとり結構、妙に生暖かい場所にはいたくない」と言えるふてぶてしさを身につけた。それが、今はあの女刺青師にいたく共感する理由じゃないかと思う。





らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

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