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『すずめの戸締まり』が中国で記録更新ラッシュ!何がどうしてすごいのか
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こんにちは。「まつ」と言います。現在、中国現地で映画配給の仕事に携わる日本人です。
中国でまさに大ブームと言っていいほど広がっている新海誠監督の『すずめの戸締まり』
本作については、立場上知っていることもあるのですが、この記事ではただ中国に暮らすいち日本人として、そして新海監督、日本コンテンツの大ファンとして、公開情報とデータを通じて、今中国で何が起きているのか、『すずめの戸締まり』の何がすごいのかを書いていきたいと思います。
『君の名は。』超え!これの何がすごいのか
さて、まず本日の『すずめの戸締まり』の記録を映画統計アプリ「猫眼専業版(猫眼プロ版)」で見てみましょう。
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累計動員数「2000万人」
まず驚くのがこの数字。日本の動員数は、2023年3月16日までの公開126日間で1068万人(興行収入141億円)。なんと既に日本のほぼ2倍もの人が『すずめの戸締まり』を鑑賞していることになります。
いわば、現時点で世界で一番沢山『すずめの戸締まり』ファンがいる国は中国なのです。
予測興行収入「7.60億元」
更に左下にある予想興行収入「7.60億元(144億元)」。なんと興行収入ベースでも、日本の記録に迫り、追い抜く可能性すら秘めているのです。
もちろん予測値なので、必ずしもこの通りに行くわけではないですが、日本でこれだけの規模の興収を記録した作品が、海外の1国でより高い興収が出ることは異例の事態だと言えるでしょう。
興行収入「6.83億元」(約123億円)
そして、何と言っても、この数字です。
単純な数字としてもすごいですが、そもそも「5億元」という大台は、2016年に『君の名は。』が超えて以降、どの映画も超えられていませんでした。
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中国の日本映画において一つの壁が「1億元(19億円)」です。この数字をコンスタントに超えられるのは殆ど『名探偵コナン』『ONE PIECE』『ドラえもん』という、中国で昔から人気があるIPものに限られます。深夜枠のアニメや、オリジナルアニメはまずこの壁を超えられません(数少ない例外が日本よりも高い興行収入を叩き出し話題となった『HELLO WORLD』の1.36億元)
また、これらのIPものもほとんどがヒットしても「2億元(38億元)」前後に収まります。
この「2億元」の高い壁を越え、3億元を超えたのは、2019年に中国で初上映された『千と千尋の神隠し』(4.88億元)『STAND BY ME ドラえもん』(5.29億元)、そして『君の名は。』の3作品のみだったのです。
更に言えば、『君の名は。』のヒット以降、中国の配給会社の間では日本アニメ購入ブームとなり、沢山の作品の版権が購入されましたが、ここまでのヒットになった作品はありませんでした。そんな中、中国では国産アニメブームが始まり、海外作品への興味が薄まると、今度はコロナ禍の大不況が中国映画界を襲い、日本アニメの買い手は一気に減ってしまいました。
これからの中国では日本アニメは売れない…そんな空気の中、コロナの終わりと共に颯爽と登場し、大ヒットとなった『すずめの戸締まり』。この成功はただのヒットにあらず、冬の時代を終わらせる、春一番となる可能性すら秘めているのです。
なんで『すずめ』はこんなに広がったのか
では、『すずめの戸締まり』はどうしてここまで広がったのでしょうか。
もちろん、『すずめの戸締まり』上映前から、新海誠監督は宮崎駿監督と並び、中国でも有名な監督です。過去作のファンも沢山います。またチケット代が少し高くなった(28.8元→33,5元)ことも理由にはあります。
※4月8日に動員数でも『君の名は。』を超え、歴代1位となりました。
それでも『君の名は。』を超えるほどのヒットになった理由は、他にもいくつかあるのです。
①学生を中心に「破圈」に成功したから
そもそも『すずめの戸締まり』を見ているのはどんな人なのでしょうか。「猫眼プロ」で新海監督の過去作品と比べてみます。
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こちらのデータは「どんな規模の都市に住んでいる人が見ているのか」をデータにしたもの。ざっくり言うと「一線都市」は北京上海深圳広州といった国際都市。一方「四線都市」は長年中国に住んでいても「?」となる、いわばローカル都市です。
日本アニメのファンは主に「一線都市」「二線都市」と言われる大都市に住み、外国文化にもよく触れる若者たちです。一方「四線都市」は日本アニメと層が薄い一方で、人口のボリューム層に当たります。
これを見ると、『君の名は。』から『すずめの戸締まり』にかけて、本来のアニメファン層である一二線都市を超えて、どんどん四線都市に広がっているのが分かります。
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そんな『すずめの戸締まり』を支えていた層をデータで見てみると、25歳以下の層、つまり学生層であることが分かります。
『君の名は。』を観たファンは殆どが既に20代以上であることを考えると、新海作品はどんどん新しい層(=学生層)を取り込んでいるのです(若返っている…!)
実際に四線都市よりも更に田舎の街の映画館に行った知り合いは、回りがほとんど高校生だったと言っていました。
中国で人気のあるアニメ作品と言えば『名探偵コナン』や『ONE PIECE』『SLAMDUNK』など、80年代生まれや90年代生まれが好きな作品に集中しています。それを考えると、『すずめの戸締まり』が獲得した層は、ボリューム層とは異なっています。
このように、本来のコミュニティ「=圏」を超えて作品や事象が広がることを中国語で「破圏(poquan)」と言います。『すずめの戸締まり』はまさに、中高生を通じて、本来の層を超えて「破圈」した作品なのです。
中国配給のロード・ピクチャーズは、子供たち中心とした『すずめ』試写をたくさん開催してくれているようです。素敵! pic.twitter.com/UKtzKkSyr3
— 新海誠 (@shinkaimakoto) March 20, 2023
学生向けの試写をまとめたビデオ
②圧倒的なSNSバズで現象入りしたから
そんな中国全土に作品の情報を届けるきっかけになったもの。それはSNSでの流行です。
大学生はキャンパスに手作りの門を立ててみたり
すずめ、中国で流行りに流行って、大学の敷地 ? に門建てる学生が出てきた pic.twitter.com/K6RafQagSm
— まつ | 北京で映画やる人 (@Kiki_brero) March 29, 2023
予告編を各地の方言で吹き替えてみたり
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コスプレも含めてとにかくレベルが高いです。
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新海監督とスタジオが立てたREDのオフィシャルアカウントには、最初の投稿から14万いいねが集中。
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結果として、中国の各SNSでは上映後も色々な挑戦動画が上がり、毎日のようにトレンド入りするようになりました。
この「流行り感」と作品との接点の多さが、先述の学生の動員を起こしたと言えそうです。
③「コロナ禍後初めて中国に来た大監督」だったから
では、いつから『すずめ』は中国SNSで流行り始めたのでしょうか。
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さて、「猫眼」には見たい映画のブックマーク機能があり、プロ版では登録者数の推移とその時のSNSトレンドを見ることができるのですが、3月9日を境に、登録者数が一気に増えていくことが分かります。
3月9日に起きた事件、それがこちら
『すずめの戸締まり』海外キャンペーン、次は来週、中国にうかがいます。たくさんの方々に会えるのをたのしみにしていますー!!
— 新海誠 (@shinkaimakoto) March 9, 2023
Next we will visit China Beijing and Shanghai next week. Can’t wait!
そして宣言通り、3月16日に中国キャンペーンを開始した新海監督、
そこから中国で怒涛の「新海監督ブーム」が始まります。
中国プレミアで中国オリジナルのポスターを発表したり
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トップ歌手の1人で主題歌「すずめ」をカバーした周深さんと共演したり
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お互いめっちゃお辞儀してる様子が広まった
(ちなみに中国語版の「すずめ」は男性ソプラノ!)
『羅小黒戦記』のMTJJ監督とのネットのやり取りが話題になったり
(その後のインタビューでも「ダイジンのアイデアの一つはロシャオから」と話題になったり)
あげく何を食べたか、一挙一動がトレンド入りするまでに。
Weiboの今日のトレンド1/3が、すずめの話題です! ありがとう、中国のファンの皆さん。 pic.twitter.com/fDDjxrRgEh
— 新海誠 (@shinkaimakoto) March 17, 2023
ちなみに、ここまでの引用の多くが新海監督自身のツイートなことからも分かるように、監督自身が中国であったことを積極的に発信しています。
空港で、ファンの方がプレゼントしてくれました! 時間がなくてサインできなくてごめんなさい、歓迎していただけて嬉しいです! pic.twitter.com/3VwVgl8luB
— 新海誠 (@shinkaimakoto) March 18, 2023
コロナ禍が始まって以降、海外との行き来が減ったのは皆様ご存じの通り。その中でも中国は、他国に比べても厳しいコロナ政策やビザの問題で、今年まで海外の映画人が気軽に訪れられる環境ではありませんでした。
そんな中、世界のアーティスト達に先陣を切って「コロナ禍後初めての世界的監督」としてやってきた新海監督。その舞台挨拶や一つ一つの現場でファンと丁寧に交流し、心のこもった素敵な発信をされていたからこそ、「監督自身」が中国で愛され、結果として一つ一つの行動が中国でも話題になることとなったのは間違いありません。
十年前の上海での写真です。僕にとっては、初めて訪れた国であれほどの大きな歓迎をいただけたことは、その後の制作の大きな力になりました。
— 新海誠 (@shinkaimakoto) March 24, 2023
『すずめの戸締まり/铃芽之旅』は、今日から中国で公開です。十年前に会いに来てくれたあの日の方々にも届くと嬉しいです。 https://t.co/2PV8cZv1vz pic.twitter.com/bla7bfC8fd
ちなみに新海監督、インタビューで現地で好きになった食べ物を聞かれて「白酒」って答えてるんですよ。
白酒といえば、アルコール度数60度の超強烈なお酒。紹興酒と違って、中国在住者や中国の若者でも自信を持って「好き」と言える人は多くないのでは?ただ中国では中国人の魂と言えるほど愛されているお酒。そんな通なお酒を、中国にルーツがあるわけでない日本のアニメ監督が「好き」と公言する…これだけで事件ですよ事件。
まだまだ厚い、世界の壁
様々な記録を破り、歴代一番のヒット作となった『すずめの戸締まり』。しかし、中国市場にはまだまだ厚い、世界の壁が存在しています。
2023年海外映画興行収入の1位『アバターWOW』は16.97億元(326億円)
海外アニメ史上興行収入1位の『ズートピア』は15.31億元(294億円)
どちらも『すずめの戸締まり』(5.75億元=110億円)の2倍以上となっています。
更に
海外映画史上1位の『アベンジャーズ/エンドゲーム』は
42.50億元(818億円)
アニメーション映画史上1位の『ナタ~魔童降臨~』は
50.35億元(969億円)
中国映画市場史上1位の『長津湖』は57,75億元(1111億円)
なんと過去最も売れた映画の興行収入は1000億円を軽く突破しているのです。
現在の『すずめの戸締まり』との差はおよそ10倍。
広い中国には、まだまだ日本アニメのことを知らない人が沢山いる。
それでも、『すずめの戸締まり』が新しい歴史を作っているように、新しい作品が一人、また一人と日本作品好きの学生たちを増やしていくのでしょう。
今後の日本作品の躍進がとても楽しみです!