
中国で歴史的ヒットのアニメ映画『哪吒之魔童闹海』から見る中国映画宣伝の全貌
今年の春節に中国で公開され、中国の歴代最高興行収入を更新したアニメ映画『哪吒之魔童闹海』。その勢いは留まることを知らず、2月13日夜に興行収入100億元(約2100億円)を突破。最終興収予測は160.32億元(約3360億円)。いよいよ世界のアニメ作品歴代興収1位である『インサイドヘッド2』に迫る数字となってきました。興収2位の『長津湖』(57.75億元)より100億元多いというあまりにも規格外な数字です。

後編ではより具体的な話になりますが、中国のアニメ映画の宣伝がどのように行われているのか、『哪吒之魔童闹海』を例に話していきたいと思います。
この記事に載っている施策は、規模間の違いこそあれ、僕も関わるような日本映画のマーケティングでもされることがあるような、中国においては比較的オーソドックスな施策が多いです。そういう意味では「これをやったからバズった」というような断定はできませんが、一方で、ここまでやったからこそ広い層に届き、成功につながったとは言えます。
中国の映画の宣伝施策に触れた日本語情報はあまり無いかと思うので、映画・アニメの宣伝をされている方、海外担当の方、それ以外の人にとっても、中国の映画ってこうやって宣伝されているのだな(あるいは、こんな自由にやっていいんだな)という図鑑的な参考になればと思います。
↓ 本作自体の紹介については前編をご覧ください!
オンライン宣伝と物量
中国の映画宣伝の中心(今や世界中どこでもそうですが)はSNSです。ランドマークの広告も、派手なプレミアイベントも全てはSNSのバズの為で、各SNSルートに合わせて施策が沢山打たれますが、とにかく手数が多いです。
ポスター類
以下、各所で出されている本作のポスターのまとめです。
見てわかる通り、日本のトップ予算の作品と比べても、とにかくビジュアルの数が多いです。これはとにかく各SNSやチケットサイト等、露出チャネルや露出機会が多いこともありますし、タイアップ先(IMAX等ラージフォーマット含む)からも、独自の素材を求められるため、それぞれに合わせて作っていることもあります。
これでも抜け落ちているものがあったり、記事を書いている今も更新されているビジュアルがあったりします。



これでもかというほど投稿

動画ベースのものも含めるとさらに沢山の種類に

こちらは監督自らが書いた落書きだとか
ちなみに上記の種類のポスターは、素材数こそ多いですが、中国で配給する映画ならどの作品でも求められるもので、日本映画の中国上映時にも工夫して素材を使い分けながら、一般的にはここに載るようなラージフォーマット用ポスターやカウントダウン等が作られます。

素材を使った投稿は様々
これらの素材は、ポスターとしてのみならず、興収記録やレビュー推移の更新、イベントやSNSキャンペーンの告知等、幅広い用途に使われます。公開後となれば毎日何本も投稿をし、かつユーザーがシェアしたいようなデザインにする必要があるため、単純に使える素材が多いほど宣伝の自由度が広がるところがあります。
(現状、『君たちはどう生きるか』のような「ゼロ宣伝」は中国のメイン映画では多くない印象です)
動画類
作品で発表されている予告編は4本。こちらは日本と比べても多くない印象です。用途も同じで、映画館でかけたり、屋外広告で出したりもします。

ちなみに予告編やポスターは誰でもシェアできるよう
プラットフォームにダウンロードできる状態でまとめてある場合が多い
圧倒的な物量があるのはショート動画です。

Tiktokの中国版アプリであるDouyin(抖音)では、本格的な更新が始まった1月7日以降、33日間で321投稿。およそ1日に9本動画をアップロードしていることになります。公開前1週間は1日に10本ほど、公開後1週間は1日14本以上というハイペースぶりです。

現在の中国の映画マーケティングにとってDouyinを始めとしたショートビデオSNSは最重要と言っても過言ではありません。そのチャネルを最大限生かすべく、「APT.」のような流行りのBGMに乗せたMAD動画やSNSの感想紹介、イベントの速報や、アフレコ現場からビデオコンテからスタッフの毛髪事情までありとあらゆるコンテンツが発信されます。

更にDouyin用のミニドラマまで15本投稿。ポスターの映りをよくするためにフォトショで自分を加工し出す龍王の動画や、帰省ラッシュで高速鉄道の駅に行くも安全検査を突破できないナタ等、およそ本編ではありえないようなシチュエーションでキャラクター達がコメディを展開する動画がかなりの本数上がっています。
↑ SNSでも特にバズったナタラップは政府系メディアも含め、色々なユーザーが使うことに。
↓ 他の番外編の例

また、他のDouyinのアカウントとのコラボ動画も多く投稿されています。
後述する他のアニメとのタイアップやブランドとのタイアップはもちろん、SNSインフルエンサーとして活躍する絵師やアニメクリエイターともコラボ。また作品に出演していない俳優・女優とのタイアップも多く、俳優のディン・ユーシーとはコラボ映像や着ぐるみとの交流、上映後に「貸し切り上映会を行った」という話題作りまでされています。
ちなみにライブ配信もかなり行っており、Douyin、Weibo等各プラットフォームで映画チャンネルと提携しての配信を行っています。

二次創作の促進
オンラインの宣伝において、公式発信の素材以上に重要になるのがSNSユーザーからの反響、そして二次創作です。日本においては完全にユーザー主導で行われるこれらですが、中国では公式主導でリードしていく様子がよく見られます。
二次創作募集キャンペーン
本作でも行われていたのが、プラットフォーム公式と提携して二次創作を促進するキャンペーンです。

優秀者にはサイン入りポスターやグッズをプレゼント。

公式からも投稿をまとめたうえで、優秀者にはグッズをプレゼント
その他、Douyinでの踊ってみた等の創作キャンペーンや、bilibiliでのMAD動画/解説動画等の投稿キャンペーン、写真アプリでのフィルター配布等、ユーザーの投稿を積極的に促進するための施策は、どの作品でも非常に多く実施されています。
スタンプ類、ミーム画像
二次創作と同じく、日本ではどちらかというと自然発生的に出てくる切り抜きやミーム画像ですが、中国ではプロモーションとして公式から積極的に出していくことも多いです。中国のメインツールであるWe ChatはLINEと違い、オフィシャルのスタンプよりユーザー自身がアップするGIF動画の方がよく使われることもあり、チャットで使いやすい画像が出されています。

今作は春節を挟んだ上映の事もあり、休みに入るので仕事受けませんと高らかに宣言するスタンプや、年始に押し寄せてくる親戚たちにうんざりした時に使えるスタンプ、そして仕事始めしたくない時に使えるスタンプ等、若い社会人あるあるなスタンプが丁寧に大量配布されています。

もちろん、ファンベースのスタンプも多くありますし、自然発生的にミーム化していくコンテンツも沢山ありますが、まずは公式がブームを作っていくんだ、という意識が高いこと、そこに公式が介入すること関して日本ほどファン側の拒否感が強くない、あるいは「当たり前」と受け入れられているのが中国のネット環境と言えるかもしれません。(もちろんこのあたりは作品や状況次第でケースバイケースにはなりますが)
オフラインの広告
ランドマーク
大規模作品となれば、全国の主要都市のランドマークで展開される大スクリーンを始めとしたオフラインでの広告。
本作でも各地で広告が展開されていましたが、印象的だったのは、監督の制作スタジオがある成都に最も集中的に投下されていたこと。

成都では制作スタジオや広場に巨大な展示があったほか、ショッピングモールの空中巨大スタンディ、ツインタワーでも全面広告での派手な展開があり、結果的に聖地巡礼ともいえるような話題性が生じていたのが印象的でした。
ちなみに巨大ナタ人形は武漢などその他の地域にも展開されていたようです。
劇場と特典
近年では中国でも一般的になってきたポップコーン等のコンセッションでの展開。本作でも各キャラクターのポップコーンバケットとドリンクボトルが展開されていた他、一部ですが商品が販売されているのも確認しました。
ネット投稿だと、一応映画館によってはコレクションカードの特典はあるらしい(观影团のファンメイドのものもありそうだけど)。自分で回った中だとポップコーンバケットとボトル、トートバッグを売っているところはあった。 pic.twitter.com/QaG1Vw2dk4
— まつ | 中国で映画やる人 (@Kiki_brero) February 2, 2025
また、特典も一部映画館では展開されていたものの、全国共通の特典はなく、発売していたコレクションカードの展開が一部上映回やイベントであるような形だったようで、私が上海と貴州を回った中では見つけられませんでした。このあたりは恐らく日本のアニメ映画の中国での配給の方が力が入っている印象もあり、中国配給を中心に特典で成功した作品が多い中、少しずつ他国の映画でも特典が増えてきている流れがあります。もっとも、全てで13000館ともいわれる中国の映画館ではまだまだモラルや習慣の差も大きく、日本のように全国の映画館で一斉に配布する、というのはまだまだ難しいところもあります。ファンに届けるための配布方法ついてに各社知恵を絞っているところですが、中国映画のメインストリームである春節映画でも取り入れられていたことは今後の展開にとっても追い風なのかもしれません。
春節初日。新年感あるモールで映画ラリー中。 pic.twitter.com/poHMEIDaXM
— まつ | 中国で映画やる人 (@Kiki_brero) January 29, 2025
映画館の宣材に関しては、上の投稿にあるようなポスターとキャラクタースタンディを中心に、一部映画館で横断幕を展開していました。横断幕は中々大きく目立ちましたが、こちらも比較的シンプルな展開と言えます。実際、映画館では他の春節映画の宣材物の方が目立っているうえ、見かける回数も多かったように思います。
この哪吒の勢いに、何だか映画配給の現場が実感として追いついていない気もしている。春節前半は上海、後半は貴州の貴陽、田舎町と何件か映画館を回ったけど現場の宣材物は他の映画の方が目立つし、入場特典にも巡り会えず。グッズもリアルではそこまで無く、でも映画館の上映回数は哪吒がダントツ。 pic.twitter.com/cOMl8ynVjt
— まつ | 中国で映画やる人 (@Kiki_brero) February 2, 2025
プレミア
最近の中国映画市場では大規模なプレミアイベントを通じた話題醸成を行うことも多いのですが、本作に関してはCCTVの映画チャンネル主催で実施された?イベントがほぼ唯一で、話題性としても力の入れ方としても、他の様々な施策の凝り方に比べると話題性としては比較的弱めでした。
前作ではプレミアはあったようなので、皆が実家に戻ってしまう春節という時期を鑑み、意図的に他の施策を中心に振ったのかな…?と推測します。
タイアップ
日本でも中国でも、作品露出を高めるために重要なタイアップ。本作でも様々な方法でされています。
他作品とのタイアップ
中国の作品で特徴的なのは作品をまたいだタイアップがよく行われることです。特に『哪吒』の配給会社である光线传媒(エンライト)は数々のアニメ作品を擁していることもあり、傘下の作品を中心に多くのタイアップが行われています。

上記に無い『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』はシリーズ1作目の時にタイアップアニメを作っています。
ちなみにこれらのタイアップは同じ東宝の配給作品だからということで新海誠監督の作品と細田守監督の作品がタイアップをするようなもので、世界観的な繋がりは全くありません。ただエンライトはここ10年間、中国アニメの配給を盛り上げてきた会社であり、中国のファンにとっては、同じ中国アニメ作品の先輩たちが応援している、という「アベンジャーズ感」のある宣伝と言えるでしょう。ただエンライトの直接関わっていない作品もあるように、作品同士のタイアップが日本以上にフットワークが軽いというのはありそうです。

ちなみに興収記録突破の過程で、歴代の興収上位作品の公式アカウントや俳優アカウントからもお祝い投稿がされていました。
ブランドタイアップ
ブランドタイアップの中で最も大規模だったのは、乳製品メーカーの「蒙牛」とのタイアップでした。ワールドカップの広告等で見たことのある人もいるかもしれません。
タイアップCMが各地で流れていた他、コラボパッケージの商品も販売されていたようです。

その他のタイアップの展開としてはヨーグルトドリンクのスタンドでの展開でドリンクとグッズの展開や、HUAWEIの購入者特典&店舗チェックイン特典としてノベルティの大規模な配布がされていました。


テレビ露出
現在の中国において日常的にテレビを見る若者は稀です。長い人だと中学~大学を過ごす学生寮にはテレビが無いですし、人気ドラマは基本プラットフォーム発なのでテレビを置かない方が普通かもしれません。ただし春節だけは別で、皆が実家に戻って年越し番組を囲む風景が戻ってきます。
そんな年越し番組でも最も影響力のあるCCTVの「春節連歓晩会(春晩)」は、スマホ決済を始め、様々な重量級の施策が流行るきっかけになったほどマーケティング的影響力のある番組。その中で他の春節映画の主役陣と一緒にナタの声優の呂艶婷さんが出てた他、春晩の前座番組ではパフォーマンスもあったようです。
ちなみに記録更新ラッシュとなった今ではありとあらゆる番組や取材で取り上げられているほか、元宵節版紅白の元宵晩会では劇中歌のパフォーマンスもありました。
商品化
2024年はとにかく二次元コンテンツの商品化が盛り上がった1年でした。
どれくらい盛り上がったかを象徴するのがグッズを扱う店舗の激増なのですが、上海の事例について「上海在住のえいちゃん」さんの以下の記事が参考になるのでぜひご覧ください。
そんな流れに乗り、哪吒についても非常に多くの商品が発売されました。

種類としては、日本でも知られているPOPMARTのアートトイからカードゲーム、設定集から、デジタルスキンまで様々。中国でも展開しているBANDAIの一番くじもありますね。
またフィギュアのクラウドファンディングについても2月13日深夜時点で60000人から2719万元という非常に多くの注文がされており、こちらも話題になりました。
公開後にはメイソウからも新規商品の発表が出ており、今後も後追いで多くの商品が出てきそうです。
結局『哪吒』はなぜバズったのか
ここまで全体的に施策を見てみると、圧倒的な手数とクオリティのオンライン宣伝に比べ、劇場やプレミア、タイアップといったオフライン施策が比較的あっさりめ(といっても十分多い)だったのは個人的にも意外な所でした。
前編でも話しましたが、決して事前の露出面では他の同時期作品に比べて突出して目立っていたわけではありませんでした。
その中で世界映画史上でも稀にみるヒット作となったのは、ヒット作の続編が目白押しで元々注目度が高かった春節商戦で、内容面の評価が頭一つ抜けてよかったこと(及び残り作品の評価が低かったこと)、それによって春節映画の中での注目と動員がナタ1作品に集中し、日々興収と予測が上がっていったこと、それが「アニメ映画」であったということで、SNSとメディアの両面から話題が雪だるま式に広がっていったということなのではないかと感じます。
ただ、逆に言えるのは、春節という映画への注目度が高い時期であっても、ここまで宣伝をして初めて、広大な中国のあらゆる映画鑑賞者に話題をリーチすることができた、ということです。少なくともナタの今回の宣伝は中国の一つのスタンダードであり、中国ではここまでの自由さが許される、もっと言えばやらないことに理由が求められるほどのものであるということは、これから日本映画を始めとしたコンテンツを、中国でより広い層に届けていきたいと考える人にとっては、頭に入れておいてもいいかもしれません。
以上、長い記事になってしまいましたが、これからも、コンテンツの中国プロモーションに関わる人にとって、僕の書いていく記事が一つの図鑑的な参考例になっていけばいいな~と思っています。