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現時点での思ってる事・詰め込み

ただ一個人の綴りです。最終的には朗らかに笑って暮らせる
世界を夢見ています。
きっといつか、私が読み返すだろう・忘れっぽい自分の
備忘録。体験記です。

その日、私は前の年の瀬から頭の中にあった
【1日はどっこも行かないで寝正月だな】
と思いながら、お昼にお雑煮を食べて。
午後からはまったりと過ごしていました。

外の田んぼで、えらくカラスが騒がしかったので
何度も何度も気になっては、夫にも言っていました。
(相変わらずのまったりな受け答えが返ってきます)
うん、うーん…?
にしても、何となく気になる。
午後からもカラスは忙しなく飛んで来たり
発っていったりしていました。

三時を少し過ぎた頃、ちょっと眠気が来たので
一時間くらいお昼寝をする事に。

一度、四時過ぎには目を覚ましました。
が、寝るのが大好きな私は直ぐには起きずに
まどろんでいました。

地面が波の様に細かに揺れていて、さすがに
目を覚ましました。
これまでも、大きな地震が起きた時には
私は寝ている事がよくありました。
(昨年の春の奥能登地震も、新潟中越地震もです)
今回の様に揺れが体験した事のない大きさと長さなので
現実とは思えずに、ただ揺らされながら
茫然としていました。

あまりにも酷い揺れだったので、ただ事では無いと思い
テレビをつけると緊急地震速報のイヤな音が聞こえ
(本当にあの音が無理です)
スマホも2台そろって鳴り出すので、音からの恐怖心にも
かなり精神的に参りました。

津波警報も発令されていましたし、時間が経過するにつれて
被害の報告が明らかになっていく中で
心のキャパシティーが越えそうだったので
テレビを消すようにしました。

現実は見ていなきゃいけないだろうけど、
今の自分には難しいな。と、判断の上でした。
自分の事なので、直感的に
【あ、コレはまずいな(精神的に食べられなくなりそう)】
と感じたら信じて良いと思いました。

夫は考え過ぎで心配性な私とは真逆なので
居てくれるだけでホッとさせてくれます。
これから、しばらくはまだ油断できない生活には
なると思います。

被災された地域の方々に、お見舞いを
お亡くなりになられた方やご家族にも
心よりお悔やみを申し上げます。

昨年の秋ごろに、私は能登島にお邪魔していました。
改めて能登の魅力を肌で感じ、かなり元気をいただきました。
少なからず、昔から所縁を感じていたので
とてもとても心が痛みます。

穏やかな日々が、少しでも早く帰ってきます様に
お祈りしております。

何でもないような日々こそ、大切でかけがえが無く
ありがたいばかりだったと思うのです。
ネットにこうやって、繋げられている事も
とても贅沢だと感じます。

他にもまだまだ縁のお話などを書きたかったですが
また、心が落ち着き次第書こうと思います。

お読みくださり有難うございます。



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聲樹(しょうじゅ)
書く事は生きる事、これからも自分なりに書き続けていきます。いただいたサポートはこれからの自分の心の充実のために、ありがたく使わせていただきます。