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「水府の三門」シリーズ

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江戸からはるばる雨宮いばらは、常陸の国に赴任した雨宮又右衛門に会うために、女の身で一人旅立った 又右衛門が亡くなる年に書き上げられた 『美ち艸』は、実はその頃にはもう書き始まって…
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2021年2月の記事一覧

「水府の三門」◆道しるべ◆  ④

「水府の三門」◆道しるべ◆ ④

水戸藩による小生瀬村虐殺の真相(小生瀬騒動)

はっきり言って、これは公の記録が水戸藩にはない

水戸藩が村人の殺戮を行ったことを、藩全体で何代にも渡って隠蔽して来たことによる

小生瀬の村人から村人へ、わらべ歌や行事の折に触れて口伝・口承されて来た言い伝えである

雨宮いばらは

『この小生瀬村虐殺事件を、いち百姓一揆などと片付けて良いものか
はたまた、自分が養子と言えど家督を継いだ雨宮家の名に

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「水府の三門」◆道しるべ◆③

「水府の三門」◆道しるべ◆③

【鯉ヶ淵】

水戸ではダイダラボウ(ダイダラボッチ)と呼ばれる巨人、その名も三太巨人

鯉ヶ淵は三太が起き上がる時に、右手を突いて雨水が溜まって出来た
三太は常陸の国、諸沢村までやって来た

三太は南から、神様の御告げでやって来たと言う

常陸の国で南の方角なら・・もしかしたら

下総の国を挟んだ相馬の郡と、常陸の国の北相馬の郡から
来たのではないかと“いばら”は思った

三太ことダイダラボウは、

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「水府の三門」◆道しるべ◆②

「水府の三門」◆道しるべ◆②

神奈備山と讃えているのは、神が鎮座する山自体を御神体としている
神が隠れすまう、と言ったほうが“いばら”にはしっくりくる

武蔵の国
御諸山には金の大蛇が、人によっては金の龍が棲むという

(金佐奈が採れる)金砂つまり砂鉄のことをいうのだろうが、児玉といわれる地では日照りが多い
常陸の国郡戸や金郷、金砂、久米村の川では金が砂より重く採れると言うから、干割れの山の砂金と水質の良い山の砂金では、なにか

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「水府の三門」◆道しるべ◆ ①

「水府の三門」◆道しるべ◆ ①

歩くこと、五里(およそ20K=一里は約4K)

半日かかって歩いてしまった
籠にでも乗りたかったわ
昔はこの道も、もっと歩くのが難儀だったわね
今だって馬が駆けて行くから、早くどかないと蹴られても文句が言えないわ

それにしても東海道五十三次
江戸は日本橋から始まって、京の三条大橋まで五十三ヶ所の繋ぎ所がある
江戸よりもっともっと前の帝の時代には、伊勢の宿から目指す『常陸の雄薩』まで、五十五ヵ所の

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