見出し画像

セルフレターを書く/『僕らの生存戦略』レビューア募集/作業記録で生まれた変化/企画案の発想力トレーニング2 〜本棚探索〜

Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~2020/05/18 第501号

はじめに

はじめましての方、はじめまして。毎度おなじみの方、ありがとうございます。

Tak.さんと共同連載中の『Re:vision』という企画があります。その最新回が、Twitterで多くの反応を得ていました。

私は「自分の仕事は自分の仕事、他人の仕事は他人の仕事」だと割り切っているので、何がヒットしようが、何がバズろうが、心は無風です。しかし、この『Re:vision』は半分は「自分の仕事」なので、上の記事が反応をもらえていると、うれしい反面ちょっとだけ悔しい感じも湧いてきました。といっても、ネガティブな悔しさではなくて、「くっそー、俺もこんな面白い記事書いてやるぜ」みたいな気持ちです。

そうなんです。上の記事、ほんとに面白いんですよ。

〜〜〜書くことの苦しみ〜〜〜

面白記事関連でもう一つ紹介しておくと、以下の記事も面白かったです。

この座談会に登場している人は、誰も「思いついたらさっさと書ける」タイプの人たちではありませんし、結局それが大多数の人の傾向ではないかとも思います。言い換えれば、書くことが簡単にできる人のノウハウって、あんまり役立たないわけですね。

あと、話題の中でさんざんWordが嫌われていますが、実は私もあまり好きではありません。基本的にリッチテキストエディタ全体があまり好きではないのですが、昔のWordの「やりたいことがなかなかできないし、余計なことをやってくる」性質が特に苦手でした(最近のWordは触っていないのでどうなっているのかわかりませんが)。

とりあえず、連載の続きが楽しみです。

〜〜〜多機能さは勝負どころではない〜〜〜

以下のツイートを見かけました。

最近界隈で話題に上がりつつあるRoam ResearchとScrapboxの機能を比較したものです。単にこの表だけを見ると、Scrapboxが機能不足で、Roam Researchが機能充実なように見えます。

しかし、この勝負はそもそも「多機能さ」を売りにしているRoam Researchが圧倒的に有利なことは間違いありません。機能比較からでは、Scrapboxのスマートさはまったく見えてきませんし、そもそもどういう用途で、どう使うのかという基本的な要素も見えてきません。

それ自体は別に構わないのですが(あくまで情報の切り口の一つに過ぎませんので)、こういう表を意識して開発者がツールの開発を行うと、どれもこれも多機能さを目指して、結局ツール全体が混沌としてしまう問題があります。

ビジネス書などでもよく「そぎ落とすことの大切さ」が語られると思いますが、機能比較の表組みからではそうした理念がまったく見えなくなってしまう点には注意が必要でしょう。

〜〜〜執筆のエンジンを冷まさない〜〜〜

継続的な執筆活動において大切なのは、執筆のエンジンを冷まさないことです。一度冷えたエンジンをもう一度暖めるためには膨大なエネルギーが必要なように、冷えきった執筆のエンジンを暖めるためには、ものすごい意志力と手間が必要となります。

では、どうすれば執筆のエンジンを冷まさないようにできるのか。

答えは簡単で、毎日少しでもいいからその原稿に触れることです。少しでも書き足す。少しでも読み返す。最低限ファイルを開いてメモを読む。5分でも10分でもそういう活動を行っておくと、執筆のエンジンは稼働し続けてくれます。

本当の意味で「毎日」実行するのは難しいかもしれませんが、「できる限り毎日」ならば可能でしょう。中〜大サイズの原稿を完成させたいのなら、是非とも「執筆のエンジンを冷まさない」ことを意識してみてください。

〜〜〜後で読むための仕組み〜〜〜

Webページをクリッピングしておいて、「後で読む」ためのサービスはいろいろありますが、その中身が増えすぎてしまって破綻してしまっている人は少なからずいらっしゃるでしょう。

そうなるのは実に簡単な話で、「後で読む」ための仕組みが、一日の自分の時間の使い方に組み込まれていないからです。簡単に言えば、「後で読むっていうけど、その後っていつのこと?」に答えられないからです。

一日に10分でも「後で読むを読む」という時間を割り当ててあれば、ストックの消化は進みますし、それをしていけば、一日で自分がどれだけ読めるのかについての推測も精度を上げていきます。そうなれば、「これはストックしなくてもいいかな」という判断も働くようになるでしょう。

そういう仕組みを持たずに、「時間が空いたときにでも読もう」という気持ちでほいほいストックを増やしていけば、読めなくなるのは当然のことです。

とは言え、「だから読む時間を確保しましょう」、という話をしたいのではなく、読み切れなくて当然だからストックがいっぱいになっていても気にしないようにしましょう、とここでは提案しておきます。ストックを消化することが、「自分の仕事」に役立つならともかく、そうでないなら別段読めなくても気にする必要はありません。積めるだけ積んでおけばいいのです。

しかしながら、これと同じことは「後でやる」というタスクの先送りでも発生します。こちらは「自分の仕事」に関わることが多いので、処理するための仕組みを持っておくのが賢明でしょう。

〜〜〜梅棹イベント〜〜〜

コロナの影響で延期になっていた、「梅棹忠夫生誕100年記念企画展」の新しいスケジュールが決まったようです。

会期は2020年9月3日(木)~10月20日(火)で、場所はもちろん国立民族学博物館の本館企画展示場です。

最近はかなり体調がよいので(というかほとんど通常状態なので)、ぜひともこの企画展には行ってみようと考えています。

〜〜〜今週見つけた本〜〜〜

今週見つけた本を三冊紹介します。

ピンカーの分厚い新刊です(2019/12発売)。ポスト・トゥルースとか、反知性主義とか、リベラルの敗北とかいろいろ言われていますが、啓蒙主義がこの世界を少しずつ良くしてきたんだよ、と示す一冊みたいです。

公共空間をいかにデザインするのか、というお話です。単に自由気ままに公共空間を私的利用するという話ではなく、ルールが厳密化し、利用のされ方に柔軟性がなくなってしまっている状況を変えていこう、という提案なのでしょう。

もう、タイトルだけで面白そうですね。デリダの脱構築と、その思想に影響を受けた建築家や実作品を絡めながら紹介していく本です。ちなみに、この「思想家と建築」はシリーズもので、他にはベンヤミンやドゥルーズ&ガタリがあります。

〜〜〜Q〜〜〜

さて、今週のQ(キュー)です。正解のない単なる問いかけなので、頭のストレッチ代わりにでも考えてみてください。

Q.文章はすらすら書けるほうですか、それとも苦しみを伴う方ですか。

では、メルマガ本編をスタートしましょう。

今週も「考える」コンテンツをお楽しみくださいませ。

――――――――――――――――
2020/05/18 第501号の目次
――――――――――――――――

○「セルフレターを書く」 #知的生産エッセイ
○『僕らの生存戦略』レビューア募集
○「作業記録で生まれた変化」 #セルフマネジメント
○「企画案の発想力トレーニング2 〜本棚探索〜」 #セルフパブリッシング入門

※質問、ツッコミ、要望、etc.お待ちしております。

画像1

○「セルフレターを書く」 #知的生産エッセイ

区切りの感覚がありました。

『僕らの生存戦略』の第一章が一段落し、メルマガが500号を迎えたことで、一つの点(ピリオド)が打たれたような気持ちが湧いてきたのです。しかも、「読む・書く・考えるのトライアングル」という新しいテーマも浮き彫りになったことで、今後の執筆の方向性も変わっていくのではないか、という予感すらありました。

しかし、実際にそれがどのような方向性になるのかは漠然としています。区切りの予感と、方向性の曖昧さ。そのズレがもやもやを引き起こします。

もやもやを感じたら、文章を書いてみるべし。倉下'sライフハック第七条にしたがって、私は文章を書いてみることにしました。大きなプロジェクトの終わりや年の変わり目にもよくやっていることです。

まず、WorkFlowyを開き、「今後について考えたい」という項目を作りました。これが仮のテーマ(主題)です。その項目の下に、思い浮かんでいるいくつかのことを、構造的かつ箇条書きで書いていきました。

途中までは、問題なく進みました。「読む・書く・考えるのトライアングル」についていろいろ書いていきたいことが思い浮かび、それを箇条書きに並べるところまではスムーズだったのです。

しかし、その他の要素も書き出そうと項目を立てても、なぜだかうまく進みません。頭にもやがかかったような、サイドブレーキを解除し忘れたままアクセルを踏んでいるような、そんな「うまく進めない」感覚が私を取り巻きました。

そこでふと気がついたのです。頭の中でリストになっていないものは、箇条書きにしにくいのだと。逆に言えば、頭の中でリストになっているもの──粒度が揃い、項目同士の関係性が明瞭なもの──なら、簡単に箇条書きで書き出すことができます。

しかし、私がやろうとしていたのは「もやもや」の解消でした。言い換えれば、頭の中で十分に構造化できていないものを整理することだったのです。いきなり構造的箇条書きに挑んでもうまくいかないのは当然でしょう。

そこで、フリーライティングに切り替えました。考えていることを、そのままだらだらと文章として書き下ろしていったのです。

幸いそのフリーライティングは無事に進み、結構な量の文章ができあがりました。普段なら、そうしてフリーライティングした文章は、そのままEvernoteにでも保存して、それで終わりです。

しかし、そのときの私は、何か物足りなさを感じて立ち止まりました。そもそもなぜ自分は、フリーライティングからではなく、構造化リストを作ろうとしたのか。言い換えれば、自分の方向性を示す「リスト」を欲したのか。

それは、今後の自分の方向性を「俯瞰」するためです。長い文章を「読む」のではなく、リストを「見る」ことで把握したかったからです。

とすれば、このままフリーライティングの状態で置いていてもあまり意味はありません。たしかに、フリーライティングしたことで心にスッキリ感は宿りましたが、スッキリしただけで物事が前に進むなら社会はもっと効率的に動いているでしょう。実際は、そんな簡単な話ではありません。スッキリした後に、次なる一歩につなげていくことが必要です。

だったら、そうして書いたフリーライティングの文章をもとにして、構造化リストを作ろうかと思った瞬間に稲妻が落ちてきました。この「構造化リスト」とは、つまりは(Tak.さんがおっしゃる)「アウトライン」なわけで、フリーライティングしたものから構造化リストを作るというのは、まさに「本作り」でやっていることと同じです。言い換えれば、私はその瞬間、本を書こうとしていたのです。

グルグルといろいろな思いが駆け巡りました。

私はこれまで、「将来について考えること」は、大きく二つの形式しか持っていませんでした。一つが、今回やったようなフリーライティングで、もう一つは、「三つの重要なプロジェクト」を選ぶといったような、簡易のリストを作ることです。言い換えれば、文章 or リストの形式しかなかったのです。

しかし、ここに新たな選択肢が生まれようとしていました。「文章」でも「リスト」でもなく、その両方を含むもの。それは広く言えば「本」ですし、カタカナを持ち出せば「ドキュメント」となりますが、要するに構造化された文章ということです。

自分自身が、自分について、自分が読むための、構造化された文章を書く。

これが新しく生まれた選択肢でした。

その選択肢を思い浮かべた瞬間、一つの連想がスパークしました。ジェフ・ベゾスの「レター」です。『ベゾス・レター アマゾンに学ぶ14ヵ条の成長原則』という本でも紹介されている、アマゾンCEOのジェフ・ベゾスが毎年株主向けに公開しているレターが脳内に浮かんできたのです。

私が書こうとしているのは、株主に向けてではなく、自分に向けての手紙です。自分自身に向けて、自分について、単なる箇条書きでも、ラフに書いた文章でもないものを「送る」こと。

なんだか楽しそうではありませんか。そこで私は、フリーライティングからアウトラインを作り、そのアウトラインに合わせて、より整った文章を書いていくことにしました。

とは言え、こうした作業は簡単には進みません。結局、読み手の違いはあれど「本」のための文章を書いているのと同じだからです。一日に少し書き、次の日に少し書き、また次の日に少し書き、と少しずつ手を加える作業を続けました。

そこで思ったのです。ああ、これがミッション・ステートメントに相当するのだ、と。

『7つの習慣』の中で紹介されているミッション・ステートメントは、時間をかけてじっくりと書かれるべきものだと説かれています。すぐには文章にできないかもしれないし、一度書いたものも書き直す必要があるかもしれない。そうして、自分の心にぴったりフィットするものを書いていく。それがミッション・ステートメントの「書き方」です。

私のイメージでは、ミッション・ステートメントは「箇条書きリスト」の形式でしたが、それは「構造化された文章」であっても構わないはずです。むしろそれを「自分の憲法」だとするならば、(条文としての)文章が記されているのが自然でしょう。

結局、一週間ほどを使い、私の「自分への手紙」は執筆を終えました。全部で5つの項目があるその「手紙」の目次は以下の通りです。

執筆者としての人生の再構築 #セルフレター
・prologue 執筆者としての人生の再構築
・section1 トライアングル計画について
・section2 来るべき仕事術(自己啓発、タスク管理)について
・section3 その他の活動について
・epilogue 改めての決意と注意点


こうした文章は、(本がそうであるのと同様に)時間的な強度を持っています。フリーライティングで書き下ろしただけの文章は、時間が経つと読み直すのに困難を伴いますが(だから、あまり読み返さないことが多いのです)、構造化された文章は時間が経ってもちゃんと読めます。

しかも、中身を読まなくても、項目のタイトル(つまり目次)を追うだけでも概要は捉まえられます。つまり、詳細があり、概要もあるのです。これはきわめて優れた形式だと言えるでしょう(だから本は素晴らしいのです)。

私はこのメソッド(おおげさ)を、セルフレターと呼ぶことにしました。「自分への手紙」でもいいのですが、セルフレターの方がどことなくかっこいいので、こちらを採用した次第です。

このセルフレターは、正直簡単には書けません。それは本を書くのが簡単ではないのと同じです。頭の中にある(あるいは心の奥にある)未整理のものをフリーライティングで吐き出し、そこからアウトラインを立ち上げて、そのアウトラインに合わせて読み物として成立する文章を書き下ろしていく。困難が伴う作業です。

もし、もやもやしたものが何もないならこんな手間をかける必要はないでしょう。あるいは、すぐに箇条書きで「やること」をリストアップでき、そこに違和感を感じない場合も同様です。

また、フリーライティングをして一時的にスッキリしたらそれでOK、という場合もここまでの手間をかける必要はありません。手間というのは本当に大切な資源なので、何をするのかは慎重に見極める必要があります。

しかし、ここまで書いたようなことではどうしてもスッキリしきれない、あるいはそれだけでは違和感が残る場合は、このセルフレターを書いてみると良いかもしれません。手間はかかりますが、たしかに何度も読み返すに値するものができあがります。

(おわり)

ここから先は

7,552字 / 4画像 / 1ファイル

¥ 180

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?