人生初のインド旅行
ラシン代表の原です。
今回は「インド旅行」についてnoteを書きたいと思います。
今月、人生で初めてインドに行ってきました。「インドに行くと価値観が変わる」「ハマる人はハマる国」というのは耳にしたことがあるかもしれませんが、私自身「不思議な引力がある国」だというイメージがありました。
かつてビートルズがメンバー全員で修行に行ったり、スティーブ・ジョブズが若い頃に数ヶ月滞在していたり、その経験からマックザッカーバーグにインドに行くことを勧め、実際に1ヶ月ほど旅してジョブズが行った寺を訪ねて周ったそうです。
実際、私もこれまでアジアでも様々な国を巡ってきましたが、それまでのどの国にも体験できなかった衝撃の連続に、価値観が揺さぶられる経験となりました。
この旅の一番の目的はコルカタでのビジネスカンファレンスで、NETFLIXの創業者であるリード・ヘイスティングスの話しを聞いたりもしましたが、彼が語る創業時の苦労や躍進するまでのドラマチックな話しが霞むくらい、圧倒的なインド体験がありました。
訪れたのはタージマハル、ジャイサルメール城、ガンジス川、マザーテレサハウスなど、どこも日本では見れない景色ばかりでした。
まず最初に驚いたのが、そこら中に牛がいるということ。噂には聞いていましたが、その数の多いこと。車やバイクが激しく行き交う道路でのんきに歩いていたり、4、5頭が昼寝して渋滞の原因になっていたり、ボトボト排泄をしては道を糞尿まみれにし、突如交尾を始める姿も日常の風景。牛だけでなく猿もあちこちで走り回っているし、犬は異常に多いし、ヤギもいればラクダや象も珍しくない。日本の動物園では出会えない数と近すぎる距離感で、多くの動物たちと遭遇することができました。
また、モノ乞いが多いのも印象的でした。タクシーでの移動中、窓ガラスを叩かれたので見ると赤ちゃんを抱えた母親が空の哺乳瓶を見せ「ミルク代をくれ」という仕草で、ガンガンと窓を叩き続けるのです。黒い肌に大きく白い赤ちゃんの瞳。ギョロッとしたその眼差しを向けられると、いたたまれない気持ちになりますが、相手にすると次から次に寄ってくるので無視するしかありませんでした。モノ乞いでも、鼻が無い子どもが駆け寄ってきたり、路上に座っているおじさんには両方足首がなかったり、四肢がなかったりと目を背けたくなるような人も多くいました。事情を想像したくもありませんが、貧しく暗いインドの日常もあちこちで目の当たりにしました。
今回のインドの旅で最も印象的だった場所が、ガンジス川があるバラナシの火葬場です。バラナシは、ヒンドゥー教徒にとって憧れの聖地で、この場所で火葬ができるというのは、彼らにとって幸せなことなのだそうです。
火葬場では複数の火柱が上がっており、24時間、入れ替わり立ち替わり火葬されています。遺体は竹で組んだ担架に乗せられ、ガンジス川の水で清められた後、薪の上にのせられ火をつけられます。火で皮膚が焼かれて徐々に燃え、ジリジリと焦げていく様は、とても凝視できるものではありません。あたりは火煙に包まれ、薪と遺体が燃えるなんとも言えない臭気で呼吸が苦しくなりますが、人生に一度の経験だと覚悟しその場に居続けました。燃え終わった灰はガンジス川に流されるのですが、ヒンドゥー教では、ここで火葬されて川に流されれば、輪廻の苦しみから抜け出せると信じられているそうです。日本とは異なる弔いを目の当たりにし「こんな世界、こんな死生観ものあるのか」とガンジス川に沈む夕陽を眺めながら、思い巡らせました。
近くのバックパッカー宿に泊まった翌朝。沐浴をすることは免疫のない日本人は避けた方が良いと知っていたものの、人生の思い出づくりにと入水。怯えて膝下までしか入れなかったにも関わらず、見事に数時間後に発熱してしまいました。また大気汚染がひどく、帰国後にノド痛と咳に悩まされたりといくつかの代償はありましたが、得られた経験や気づきもたくさんありました。
このインドの旅を通して感じたのは「何で皆んな、こんなにイキイキしているんだろう」ということ。目を覆いたくなるような貧しさや汚さの中でも悲壮感はなく、不思議なくらい元気に見えるのです。真面目にあくせく働いたりせず、良くも悪くもテキトー。なんとかなるでしょという余裕を感じるのです。「今を生きる」ってこういうことなのかな、と。
その点、日本人は比べ物にならない程の豊かさを享受しながらも、生きる目的や先々のことなど余計なことを考えすぎて「自分は不幸せだ」と思い込んでしまっている人が多いのではないかと感じました。未来に過度な期待を持たず、ただただ「今を生きる」。幸せに生きるための一つのヒントでは無いかと思いました。
それでは今回はこのあたりでナマステさせていただきます(?)
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