牛すじとちくわぶに、祝杯を
小さな発熱体と一緒に羽毛布団に潜り込むのが、至福の季節がやってきた。
主たちが寝静まったこんな夜のリビングは、しんしんと冷え込む。
チチチチチ、とコンロに火を着ける音が響く。
仕事帰りに買ってきた肉厚の牛すじ肉を、たっぷりの水と一緒にお鍋の中に放り込む。
煮溢してから、やわらかくなるまでコトコトコトコトじっくり煮よう。夫にとっては衝撃やったらしいこのネタが、わたしはおでんの具材の中でいちばん好きだ。
おあげにたまごをぽとんと落とした巾着も入れたらおいしいかなあ。がんももいいな、お箸でわったらじゅわじゅわ~ってお出汁がしみだしてきてさ。おあげもがんもも馴染みのお豆腐屋さんに買いに行って、娘にえっちらおっちら運んでもらおう。
地物のキャベツも甘くなってきたし、ロールキャベツも作ろう。トロトロになったキャベツとひき肉、、、たまらん。
こんにゃく、なんでか息子大好きなんよな。うまく発音できんくて『こんやく』って言ってた時期がもう懐かしい。ちくわもさ、ひら天もさ、土鍋の中から目ざとく見つけて、モリモリ食べる姿が目に浮かぶ。
大根はしっかりたっぷり出汁がしみしみのを食べたいから、牛すじの隣で下茹でしとくか。じゃがいももいいよな、ほくほくでさ。
こないだ夫の実家に帰省したときに、お義母さんが作ってくれたおでんに入っとったちくわぶも入れてみよっかな。息子も娘もすっかりお気に入りになっとったから、喜ぶはず。
冷蔵庫には、夫と暮らし始めたその日にカチンと合わせた緑色のビール瓶と、結婚式の乾杯酒に選んだ発泡の日本酒も待機してる。
となると、もうちょいおつまみ欲しい気もするぞ。
なになに、まぐろとキムチのユッケに、舞茸と生ハムのかき揚げ…。
箸休めに和風ピクルスとか…アボカドにわさび醤油……はぁあああ……!!
土鍋を開けてぶわりと立ちのぼった湯気の下にあるであろう明日の光景を、想像してにんまりとする夜更け。
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海外をバイクで走っていた彼はあの日、そのバイクに旅のときと同じくらいの荷物を積んでやってきたんやっけ。
『関西を離れたくない』というわたしの気持ちを尊重して、生まれ育った土地から遠く離れたこの場所に移り住んでくれた彼。
たしかその夜は、市役所にわたしたちを繋ぐ一枚の紙切れを出しに行ってから、お鍋を作って食べたんやった。
始まったときからずっと遠くに暮らしていたから、おうちごはんが好きやと気付いたのは少し経ってからのこと。
もちろんおでんの具に牛すじが入ってるのが彼にとっては驚きなことも、ちくわぶが入っているのが当たり前なことも、一緒に暮らしだしてから全部知った。
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季節が6回巡るうちに我が家の住人は4人になり、お互いを認め合うだけでは済まないことがずいぶん増えた。
生まれ落ちたその命はとても儚い様相で、ひとつひとつの小さなことにも気を揉むことが多かったし、睡眠もままならなくて身体もずしんと重かった。
それでも成長しているところを見るとなんとも嬉しくて、彼に報告してはふたりで笑い合った。その反面、何につけても温度差があるように感じて、辛くてたまらない日もあった。
日に日にアップデートされる子どもたちに対応していくのは容易ではなく、気が付けば目線がそちらにばかり集中していたかもしれない。
息子と娘のことがとてもとても大切で、それはきっとお互いそう思っているのにその方向性が少し違っていたりして、何度もすれ違ってはぶつかって、たくさん傷もついたし角もとれた。
それでもここに居場所がある。
その幸せを、明日は祝おう。
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これからもひとりでは感じられなかったような感情を、たくさん味わっていくに違いない。
それが家族と生きていく醍醐味、だとしてもそれを全部楽しめるほど器用じゃないし、それを全部糧に出来るほど強くない。
だけど、そのたびに少しづつ歩み寄っていければいいなと思うんだ。
牛すじとちくわぶが同居するおでんのように、ね。