『Arc アーク』レビュー
『Arc アーク ベスト・オブ・ケン・リュウ』
ケン・リュウ(著/文) : 古沢嘉通(翻訳)
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あのケン・リュウさまのベスト短編集です!
ケン・リュウの本はすでに沢山の邦訳があるので、読んだことのあるお話も多いと思いますが(私もほぼ既読でした、が)それでも、いま、あらためて読みたくなる名作中の名作がぎっしりはいっています。
実はこれ、映画のプロモーション用(だとおもう)の短編集のようですね。表題短編の『Arc アーク』が、6/25に石川慶監督作品として公開されるそうです。
なんと、ハリウッドじゃなくて日本の映画なんですよ!(びっくり)
それでこれだけ日本人にぐっとくる名作たちがあつめられているのですねー。
と、いうわけで、またそれぞれ一言感想ナド。
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『Arc』
表題作。人類で初めて死を克服し、永遠の命を得た女性の生涯。
生と死と、家族の絆、愛についての物語。人生と時間と生命について考えさせられる、ものすごく文学的なSF。ある意味とても映像化しにくそうなお話なのですが、これが映画になっちゃうとは、スクリーンで見るとどうなるのか、今から期待です。
『紙の動物園』
アメリカに「買われて」来た中国人妻、母となった彼女は息子を楽しませようと、折り紙で作った動物たちに魔法をかけて生き物のように動かします。最初は喜んでいた息子も、しだいにアメリカに染まってしまい、英語がうまく話せない母親を拒絶し。動物たちもしまい込んでしまうのですが……。
これもまた、非常に文学的な(泣ける!)母の愛の物語。
『母の記憶に』
不治の病で残すところ二年の寿命を宣告された若い母親は、愛娘の成長を見守るため、宇宙船に乗り、ウラシマ効果を利用して時間のジャンプを繰り返す。十数年ごとに自分の人生に一日だけ帰ってくる母親を迎える娘の心境とは……。
『もののあはれ』
地球に襲い掛かり、壊滅させてしまう大型の小惑星〈鉄槌〉。
わずかな人数だけが宇宙船でその被害から逃げ出すことができるとあって世界中でパニックが起きている中、日本人だけは整然と冷静に行動していました。
そんな日本人の主人公の大翔(ヒロト)は、辛くも脱出に成功。光子帆船に乗り、わずかな生き残りとともにおとめ座61番星をめざしています。
しかし、その宇宙船にもあらたな危機が襲い掛かるのでした。
個よりも全体を、見えるものよりも見えないものを大切にする日本人の生き残りの彼が行う選択とは……。「もののあはれ」という言葉に表される日本人の心情、生き様をここまで文章化してくれるケン・リュウさん凄すぎです。
『存在』
遠隔存在装置(テレプレゼンス)を使い、遠く離れたアメリカから中国の病床の母を見舞う息子。もはや余命いくばくもない母のそばへ、太平洋を隔てた彼は駆けつけることができず、やむなく遠隔ロボット経由で見舞うことになるのですが……。ほぼ現在の技術でこれは実際におき得る(もう起きてる?)のではないかと思わせる、ネット時代のリアル存在感の悲話。
『結縄』
中国奥地の高山民族、ナン族の村長はうまれつき目がわるいのですが、その地に伝わる紐の結び目で文字を綴る「結縄文字」の使い手。
彼の指先は紙に記した文字などより豊かな心の機微や詩情を立体的に結び、編み上げることができるのでした。
そんな村長の元にやってきた西洋人は、その技術をつかって分子薬学のアミノ酸連鎖デザインにブレイクスルーを起こせないかと目論むのです。
『ランニング・シューズ』
過酷な労働環境でボロボロになりながらランニング・シューズの製造工場で働く少女は、自分で作っているすてきな靴を履くことを夢見る。とてもそんな高価な靴を履くことなどできっこないのですが、きっと、空にも上るような気持ちになるだろうと想像するのです。
一見して救いようのない残酷な話なのですが、それでも、一縷の幸いを垣間見させてくれる、まるで宮沢賢治の詩のような一遍。
『草を結びて環を銜えん』
古代中国の戦乱時代。江蘇省は揚州の娼妓と下女が、都市占領に伴う大虐殺に遭遇、娼妓の知恵で虐殺と戦乱を生き延びていく。過酷な運命に逆らい続ける彼女の心根と、下女との絆がすばらしい。悲惨で苛烈な世界で生きぬく女たちの姿が、周囲の下劣な醜悪さと対照的に、ある種の気高い美学を浮かび上がらせてくる名作。
『良い狩りを』
中国古来からつづく伝統の妖怪ハンター親子が妖狐を追い詰めた荒れ寺には、その娘の女狐が潜んでいました。
ハンターの息子が娘狐から聞く妖怪側の視点は、人間の視点とは正反対で、それでも正しい世界の切り取り方であり、人の口からは語られえない世界の認識を少年にあたえます。
その後、近代化とともに呪力が消えていく世界で、少年と妖狐の娘は幾たびか出会い、新しい世界での生き方を学んでいくのです。
呪術から始まる、まさかの展開がすごい。超絶ストーリーテリングです。
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いんやあ。おもしろかった!
最初に書きましたように、この短編集は日本にも訳されている多くの本の代表作ばかりを集めたような、ベスト・オブ・ベストともいうべき名作たちです。どれをとっても一級品。おそらく現代最高級のストーリーテラーの感動的な名作たちがごっそり入っています。どこをとってもケン・リュウ。どこから読んでも最高傑作。
甲乙つけがたい名作たちがつづきます。
これ一冊でケン・リュウのすべてがわかる、とは言い過ぎですが(できれば他にも読んでほしい!)、日本人好みのめっちゃおいしいところをがっつり抑えている素晴らしい選出のベスト短編集と思います。
この内容でこの値段はぜったいお得とおもいますよー☆
そして、そんなケン・リュウ自身も原作だけでなくエグゼクティブ・プロデューサーとして参加しているという映画の『Arc アーク』もたのしみです!
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