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『マン・カインド』レビュー

表紙:オビのあおりがちょっぴりネタバレ感

『マン・カインド』
藤井 太洋 (著)

時は西暦2045年。ドローンなどの自動機械による戦争の反動で、お互いの兵器・兵力、勝利条件を事前に公開し条件をすり合わせて戦うことと、機械ではなく人間が引き金を引くこと、が定められた「公正戦闘」という戦争のルールが世界に浸透している時代。

プロの戦場カメラマンで配信レポーターの主人公、迫田城兵は、アマゾン川の源流近くでの戦闘を取材中、ありえない事態に遭遇する。

公正戦闘において152連勝そして0敗という(ありえない)記録をもつ公式戦コンサルタント、チェリー・イグナシオと、米国最高の軍事企業PMSC<グッド・フェローズ>の戦いの現場である。

迫田記者を含めた世界中の大方の予想に反して、装備に優れる<グッド・フェローズ>を一方的に下したチェリー・イグナシオであったが、
投降し武器を手放した<グッド・フェローズ>の兵士たちに向かい
突然、それも迫田が録画しているカメラの目の前で堂々と殺戮・虐殺に及ぶのであった。

驚きと共に怒りに震える迫田は即座に世界にむけてこの衝撃の事実をレポートする。しかし、目前で起きた事実のレポート記事は、フェイクニュースかどうかを自動判定する事実確認プラットフォーム<コヴフェ>によって「事実ではない」と判定され、配信を拒否されてしまう。

虐殺の現実が配信できない。この何重にもありえない不可解な事態に直面した迫田は、そもそもの元凶であるはずのチェリー・イグナシオからの依頼もあり、遺族訪問の旅にでることになる。
虐殺の唯一の生き残りである<グッド・フェローズ>のレイチェル・チェンと、事実確認プラットフォーム<コヴフェ>の不可解な判定を解析する若き腕利きエンジニアのトーマ・クヌートとともに。
内戦により分裂した北米<自由連邦>を旅する迫田は、次第にチェリー・イグナシオが何を考えて暴挙に及んだのか、さらに、その背景に横たわる巨大な陰謀の解明に導かれていくのだった。

情報量多すぎ?
いやいや、これでもかなり情報ロス率高めで、不可逆圧縮率を高めにした冒頭の駆け足あらすじです。
プロローグから現実ベースの世界感のリアリティに引き込まれ、提示される巨大な謎、それを解いていくスリリングな展開がすばらしい。さすが藤井太洋さん。土台となる近未来のリアリティと、その上に構築されるストーリーテイリング、構成力がめちゃくちゃうまい。

ほんっと読ませかた上手いなあ。と終始感心しっぱなしでした。

ビッグデータ、機械学習、生成AI、量子コンピューティング、そしてバイオテクノロジー。
ハイテク医療にビッグテックが乗り出している未来。

いつだったか以前も書きましたが、この藤井太洋さんという人の書くSFは現在最先端のテクノロジーがこのまま進歩していった時、(もしかしたら)こうなっちゃうよ。という近未来のリアルな描写がものすごいのです。未来見てきたんじゃないの? というぐらいの圧倒的現実感で描いてくれます。

また、これも以前のインタビュー記事でもいわれていた、「現実に一つだけ嘘を混ぜる」(SF用語でいうところのエクストラポレーション)も藤井太洋さんの得意とする手法なのですが、

本作における嘘(フィクション)の最初の種(実はもっと以前から嘘の種は隠されているのですがこれは内緒w)は、おそらく……なのですけれど、現在のインターネットの安全性の根幹である「RSA暗号の量子コンピュータによる解読」が成功した。というポイント。これがフィクションの前提になっている(と思われる)ところがまた巧妙。うまいのです。

いつか解かれることは確実だろうけれど、まだ難しそう。そして、これ(RSA暗号)が破られた。という小さなフィクションから連鎖していって演繹された、そうすると世界はこう変わっていくだろう。という想像力と的確なテクノロジー描写がうならせます。

※ちなみに、このRSA暗号は、つい最近解かれていまして、藤井さんも「おや、意外と早かった。」
https://x.com/t_trace/status/1846083532244111815

なんておっしゃられていましたw
実際解かれちゃいましたねぇ、さぁて、世界はどう変わっていくんでしょう??

こんな現実の最先端テクノロジー世界++な近未来を見事に描いている背景をバックボーンとして、そこで発生した不可思議な状況を掘り下げ、徐々に見えてくる陰謀。
(フェイクニュースの氾濫によって内戦が発生、北米が分裂している。なんて世界もなんだかあり得そうで怖くなってきます><)
じわじわと答えが開示されていく展開がこれまた読ませます。すごい。

バイオ・テクノロジーにビッグテックの意思がかかわるとき、世界は、どのように変貌を遂げることでしょう。
そんな未来予想図でもあり、現在への警告にもなりそうで、タイトルの意味もふくめてしっかり物語として読ませる、久しぶりに硬質で良質なサイエンス・フィクションでありました。



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