奇妙な話 part 1
古びたドアを、コンコンと、小気味よくノックする音がする。
眠い目をこすりながらドアを開けると、1匹のウサギがいた。素朴なウサギ。
透き通る眼で、じっとこちらを見つめていた。
毛の色は白で、俺のよく知っている普通のウサギより少し大きい気がした。耳もかなり長いみたいだ。
なぜこの耳の長い生きものが、唐突に目の前に現れたのか。不思議な世界観の物語に入り込んだような気分だが、少しの恐怖を感じていた。
お互いをしばらく見つめ合って、時間が経過する。
どうやらどちらかが、何かを話すのを待っているようで、その長い沈黙が耳の奥にツンと突き刺さる。
すると突然沈黙を破るように、ウサギは話し始めた。
「あなた、また寝ていたのね」
ウサギはそれだけ言って、再び黙った。次はこっち言葉を待っているようだ。驚いた俺は、何も答えられない。
「また何も言わないのね」
それでも黙る。
「沈黙は金?」 ウサギは小さく嘲笑った。
俺はいつのまにかウサギから目を逸らしていて、何が起きているのかを考えていた。そこにいるのは見覚えのない顔で(相手はウサギだから当然なのだが)、だけどなんとなく、どこかで会ったことがあるような気はする。こういう時は大抵なにも思い出せずに終わるのが道理であると、30年の短い人生経験が語っていた。
「分からないのね?」
ウサギが言った。
そう、解らない。今何が起きていて、最初に扉を開けてからどれくらい経ったのかも。それくらい混乱している。
「別にいいのよ。分からないならそれでもいいから、さっさと家に入れてよ。寒いのよ」
彼女は少なくとも雪うさぎではないようである。
続