クラスのうち5人は「知的障害」!?【ケーキの切れない非行少年たち】
こんにちは
「こんな子も居るんだ!?」と
日々驚いている採用担当、らるです。
同じ集団でばかり生きていると
すっかり忘れがちになってしまいますが
世の中にはいろいろな人がいます。
中には
「自分自身の常識では
考えられないような人」も
沢山いるわけです。
良い方の驚きなら、
特に問題は無いのですが
時には
「なんでこんなこともできないの!?」
と思ってしまうような人も
居ると思います。
そういう場合
ついつい「憤り」を感じて
しまうこともあるかもしれませんが
実はそれは、
本人がサボっているからではなく
仕方ないケースというのも存在しているんです。
しかもそれは、
それほど珍しい話ではない
ということを今日はお話していきます。
クラスのうち5人は「知的障害」!?
かつての定義で言えば
クラスが35人いれば、5人は
「知的障害」のレベルにある
と言うんです。
(現在は「境界性知能」と扱われれている)
「障害」として扱うというと
差別的な、悪いことのように感じてしまう面も
あるかもしれませんが
「できないことを、できる」と
扱われる方が、本人にとっては
残酷で、シンドイ思いをすることも
大いにあると思います。
いずれにせよ、私たちの生きる社会には
「本当は支援が必要かもしれない」人が
数多く居るということです。
確かに、私自身の小中学生時代を
思い出してみると
・文章をひらがなですら書けない子
・何度注意されても授業中に暴れ出す子
・何度注意されても遅刻が治らない子
…などなど、当時の私からすれば
なぜ、それができないのかわからない
ような子がそれなりの数居ました。
おそらく、「境界性知能」の子だったのでしょう。
そういう子の中には
数年経って成長したら
「盗みで捕まった」
…という子も居ました。
まさに、今回引用した本のタイトル通りの
「非行少年」になっていたんです。
もちろん、本人がやったことが
悪いから捕まってしまったのですが
「できないことを、できる」として
学校でやらせ続けたことも
一つの要因だったんじゃないか
と、今は思っています。
もっと、必要な助けがあったのではないか、と。
まとめ
昔の基準だと
クラスに5人は「知的障害」レベル
「誰もがあたりまえにできる」と
自分で思い込んでいることでも
「そうではない」ケースがあることを
忘れないようにしよう
「なんでこんなこともできないの?」などと
憤ることの無いようにしよう