自分を知る方法は…
最近はいろんな人の話を聞いています。
らるです。
最近ネットを通じて知り合った方と
こんな話をしていました。
自分を知る方法ってなんだろう?
「自分のことなんて、よくわかってる」
…と、そんな風に言う人もいるでしょう。
そういう人にとっては
無縁のテーマかもしれません。
ですが、案外多くの人が
自分のことをわかり切れていなかったりします。
だからこそ、就活期や、
キャリアに悩んだときは
自己分析をしたりするんですね。
自分を知るためのアプローチとして
パッと浮かぶパターンは2つかとおもいます。
1、自分で自分をみる=内省
2、他者に自分をみてもらう
自己分析なんかは
まさに1の手法です。
過去からの自分の行動
感情の動きを洗い出したり
今の自分のやりたいこと
どんな状態が理想なのかを
徹底的に吐き出していきます
これはとても有効なのですが
一つ落とし穴があり、それは
自分自身はこうあってほしい…という欲です。
これが色眼鏡になって
自己の像を歪めて見てしまうことが
あるわけです。
では、一方で、他人にみてもらう方は
どうでしょうか?
これもとても有効ではあります。
他人は自分とは違う視点で見ていますから
自分では気づいていないことを
ほかの人は、教えてくれます。
いいことも、なおした方がいいことも
たくさん見えてくるでしょう。
ただ、他人もまた、自分と同じく
色眼鏡をかけています。
思惑があったり、偏見があったり…
ですから他人にいわれたことを
真に受けすぎるのも考え物なわけです。
自分のことを知るために
自分自身でみるのも
他人にみてもらうのも
いずれも欠点がある
というのがここまでの話でした。
では、何か、よりよいものはないか?
そういう話になったとき
一つ、候補として挙がったのは
昔からある教えに立ち返ってはどうか?
というものでした。
お話をしていた方の場合は
仏教の教えが、自分を知るのに役立った
というんです。
なるほど、と思いました。
昔から残っているもの…古典もそうですが
生き残っているのには理由があります。
おおくの人に通じる普遍性があるものが
そういった昔から生き残るものには
含まれています。
伝統的な宗教もその一つと言っていいでしょう。
教えの中に、多くの人間に共通するようなものを
たくさん含んでいるからこそ
人々の心を動かし、広まってきたわけです。
ですから、その教えと
自分自身とを、照らし合わせるのは
自分を知るために有効な方法と
言えるでしょう。
これまでも、仏教関係の本は
それなりに読んできましたが
改めて、もう少し学んでみてもいいかな
という気がしてきました。