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熊本日記(5)

(前回のあらすじ)電車に乗りました。

電車が動き出し、やっとリュックを開けることができました。待合室では、リュックの中身を出して置き忘れることをおそれ、決して開けなかったのです。それを言ったら、電車に置き忘れる可能性だってあるし、なんなら熊本に忘れてしまう危険性もあるので、外に持って出ないことが一番の正解になるのですが、そこはまあ、欲求とリスクのバランス、自分の中の線引きがどこかしらにあり、藤原的には、待合室はNGだが、電車の中はOKだったのです。リュックを開け、まずは持参した水筒の水を飲みました。喉がカラカラでした。

そしてハードカバーで400ページ以上ある、佐川恭一氏の「アドルムコ会全史」を取り出しました。不謹慎な描写満載で大変痛快な表題作はすでに読み終えていました。表題作のほかにも4編が収録されており、さて、次はどんな話かな、とページをめくりました。それがこれです。

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話のタイトルです。思わず写真を撮りました。インターネットでもあらすじが紹介されていたので触れさせていただきますと、カフカの「変身」のように、朝起きたらキムタクになっていた男の話です。もうあらすじだけで最高です。短い話なので、すぐに読み終えることができました。続編があるならば是非読みたい。

本を読むと時間の感覚がなくなり、1時間くらい経っていました。じきに博多駅に着きます。ベビーカーに赤ちゃんを載せた女性が、乗車口付近に立っていました。赤ちゃんが少し声をあげ、それに気付いた優先席に座っていたギャルっぽい女性が席を譲ろうとしましたが、お母さんは「すぐに降りるので大丈夫です」的な感じでやんわりと断っていました。ここまでなら優しい世界の光景で表情がゆるむのですが、ギャルっぽい女性はそのお母さんに何かしらシンパシーを感じたらしく、優先席から後方に身を乗り出す感じでお母さんと話しこみ始めました。その姿勢自体はちょっとあれだなと思いましたが、漏れ聞こえる会話が微笑ましいものだったので不快な感じはあまりしませんでした。お母さんはお母さんでそんなに困っている様子もなく受け流していました。結局、博多駅に着くまでずっとしゃべっていました。初対面であの距離感を作れる人ってすげえなと思いました。

博多で大半の乗客が入れ替わりましたが、僕は継続して乗っています。事前にプリントアウトした時刻表を取り出しました。鳥栖駅で、八代行き電車への乗り換えをしなければならないのです。乗り換えのために用意された時間は2分です。うまくできるか緊張しはじめました。忘れ物がないようリュックに本と水筒を詰め、めんべいの袋を持ちました。
鳥栖駅はかなり大きく、乗り場が6つくらいあります。僕の乗っている電車が到着した時点で、すでに停車している電車が目に入りました。あれが八代行きなのではないか、と目星をつけ、ホームをダッシュ……したい所を他のお客さんの邪魔になるとあれだから我慢、早足で歩きました。そして電光掲示板に「八代行き」と表示されているのを目視確認、仕事の癖で再度指さし確認した上で、電車に乗り込んだのでした。ミッションクリアです!
これで寝過ごさない限りは、熊本に行くことができます。

鳥栖まではボックス型の座席でしたが、今度は窓沿いに設置された、前の客と対面を余儀なくされるタイプの座席でした。僕は知らない人と目を合わせるのが苦手なので、このタイプの座席には座らないようにしているのですが、鳥栖から熊本までは80分くらいかかり、その間ずっと立っている方が苦痛に感じられたので、中ほどの席に座りました。そして対面せざるを得ない状況になった時には、ずっと後方の窓から景色を眺めていました。
久留米を経由し、母校である九州大谷短期大学の最寄駅、西牟田駅が近づいて来ました。見たことのある景色に、20歳の頃過ごした二年間を思い出して感傷的になり、駅に着いたら写真を撮ろう、とスマホを構えましたが、快速なので西牟田駅は一瞬で通り過ぎて撮り損ねました。

窓に水滴がつきはじめ、本格的な雨空になりました。熊本に着いたら傘を買わなきゃな、と思いました。
(続く)

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