抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年(12)

参加者の三分の二は韓国から来た学生だった。先ほど見回っていた女性はセオさんといって大学の教授で、みんな彼女の生徒達だった。アキラ・キタムラと同じようなことを勉強しているらしい。全員がノートパソコン持参だった。釜山から博多までビートルという高速船に乗ってきて、そこからマイクロバスでこの大学まで来たようだ。
緊張と遅刻のバタバタで気付かなかったが、よく聞いたら飛び交う言葉の大半が日本語ではなかった。おそらく韓国語だ。そして彼らは日本語が話せないし、日本からの参加者はほぼ韓国語が話せない。このグループでは、やりとりは英語で行うことがさっき決まったのだと、キューピーの男が教えてくれた。

キューピーの男はサナリという名前で、ダンサーだった。「ダンサーって、ダンスの舞台とかに立たれてるんですか?」と宇都宮が聞くと、「あんまり」と言われた。「じゃあ、ダンス教室とかされているんですか?」と聞くと、「してない」と言われた。「えっと……、じゃあ、どうやって生計を立てているんですか?」と聞くと、「ダンスだよ」と言われた。この男、かなりぶっきらぼうなので、宇都宮はそれ以上突っ込まず、「そうなんですね」と言っておいた。
太った男はフー、鋭い目の女はミンソ、茶髪の男はトゥーンと名乗った。トゥーンに「ファーストネーム?」と聞くと、「ニックネーム」と言われた。本名ではないらしい。が、なぜトゥーンと呼ばれているのかを英語で聞く力が宇都宮にはなく、とりあえず「ヤァ」と言った。yeahだ。宇都宮の英語力は大学受験の時がピークだった。それ以降まったく使っていない。文法もくそもなく、知っている単語を羅列してなんとかやりとりするしかなかった。先が思いやられた。
フーから「ユアーネーム?」と聞かれ、「アー……、マサヤ・ウツノミヤ」と答えた。「マサ?」とフーが聞き返してきた。「マサヤ」と宇都宮は訂正した。「マチャ?」とトゥーンが言った。ミンソが首を振り、「マシャ」とトゥーンに言った。「マシャ?」「ヤァ、マシャ」「いや、マサヤ」「マサ?」「ノー、マシャ」「あの、マサヤ……」「オォ、マシャ」「ヤァ、マシャ」「マシャ、マシャ」と、彼らの中でマシャで定着した。マシャだと福山雅治の愛称と同じになってしまうのでどうにか訂正したかったが、「福山雅治の愛称と同じになってしまうので変えてください」というのが英語で言えず、マシャで決定した。今思えばマサであきらめておけばよかった。サナリはそのやりとりを腕組みして黙って見ていた。

次にどのような作品にするのかを話し合った。「身体とメディアの融合」なので、生身のパフォーマンスと、映像とを組み合わせた何かを、それぞれのグループで作るらしい。明日の昼過ぎに一般客を招いてワークショップの成果発表会をするのだ。様子を見に来たアキラ・キタムラが教えてくれた。
「ストーリー、レッツ、シンキング」とフーが言った。学生三人の中で、一番進行が得意というか、発言力があるのはフーのようだった。
だが、いきなりストーリーを考えろと言われても、そんなものを考えたことのある者はいないようで、みんな黙った。
「テルミー、ユアー、フェイバリット……、うん」サナリが言った。最後の「うん」は適当な単語が思い浮かばなかったのだ。でも全員にニュアンスは伝わったようだった。好きな物事を挙げろということだ。「ちなみにアイライク、スリープ。スリーピング、ドリーム」サナリが言った。みんな、うなずいた。
「アイライク、サッカー」トゥーンが言った。
「アイライク、キャット」ミンソが言った。
「アイライク、ポルノ」フーが言った。「ポルノショップ。ピンク! ピンクピンク!」フーはあけっぴろげにエロかった。そんなフーを見て、トゥーンがギャハハと笑った。ミンソが「야해」と言って、トゥーンを叩いた。何と言ったのか宇都宮にはわからなかったが、なんとなく理解した。そしてフーとは気が合いそうだと思った。
みんなが宇都宮を見た。宇都宮の番だった。宇都宮は、「えーと……」と黙った。好きなものを挙げるのが苦手なのだ。というか、思い浮かばなかった。エロいものは好きだが、フーのようにあけっぴろげになる勇気が宇都宮にはなかった。「アイ、ライク……、ハムスター」なんとなく無難な答えになってしまった。あとハムスターが英語なのかどうかいまいちわからなかった。「ユアーペット?」とフーが聞いてくれ、「イエス、マイペット」と答えた。みんながうなずいた。伝わったようだ。
「ザッツ、ミックス」サナリが言った。「ミックス、アンド、メイキング、ストーリー」
サナリ以外の全員が「アァ」や「オォ」と感嘆の声をあげた。今挙げた好きな物事を混ぜて、ストーリーを作れということだ。ダンスでそのような創作過程があるのかもしれない。フーが拍手をし、他の者もつられて拍手した。宇都宮もした。周りのグループがチラッとこっちを見て、またそれぞれの作業に戻った。サナリは表情ひとつ変えなかった。

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