抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年(19)
参加者全員でホールの片付けをした。スタッフの指示に従い、照明機材やスピーカーを運び、床を這うコードをまとめ、長机やパイプイスをたたんだ。お祭りが終わった後のようで、宇都宮はなんだかさみしかった。二時間ほどでホールの中はからっぽになった。
そのあと、大学の近くの居酒屋で打ち上げをした。小さな店内に30人以上がぎゅうぎゅう詰めに座った。密度が高過ぎる。でもこの辺りに居酒屋はここしかないのだった。満足にあぐらもかけなかった。店長と学生バイト二人だけで回しており、料理も飲み物も間に合わずてんやわんやだった。日本語と韓国語と英語が飛び交った。
なんとなくグループごとに固まって座っていた。宇都宮はフーとサナリにはさまれていた。向かい側にトゥーンとミンソがいた。ミンソの近くにいれば密着できたのにと後悔した。宇都宮はトゥーンにニックネームの由来をたどたどしい英語で聞いた。ずっと気になっていたのだ。するとフーとミンソが顔に両手を当て、ほっぺたの肉を下にひっぱって「トゥーン」と言った。顔がトゥーンとしているからだった。しょうもなかった。フーが周りに負けないくらいの大声で、「アイ、アンダスタンド、アウアー、ストーリーズ、テーマ」と言った。みんな、顔を寄せた。「テーマ、イズ、コミュニケーション、イン、ディスコミュニケーション」フーは作品のテーマを「ディスコミュニケーション状態におけるコミュニケーション」と理解したようだ。ワークショップ自体が抱えていた要素が、如実に作品にも反映された。他グループの作品も概ねそうだった。宇都宮は何か言おうと思って口を開いたが、声は喧騒でかき消された。なので同意を示すようにうなずいた。他のメンバーもそうした。
太田カツキが焼酎をこぼしてアキラ・キタムラに叩かれ、周りの者がギャハハと笑った。宇都宮もビールを飲んだ。今日はジュースじゃなくてアルコールだろうと思ったのだ。ビールは苦手だがおいしかった。他のグループの学生から「ユア、キック、ベリーグッド!」と言われ、宇都宮は「サンキュー」と笑った。みんな陽気だった。
終電がなくなる前にお開きとなった。日本からの参加者とはほとんど居酒屋の前で別れた。サナリとも別れた。去り際にサナリに「ありがとうございました」と言うと、サナリは宇都宮に近づき、「お前はもうちょっとがんばれ」と言った。具体的に何を指して言っているのかわからなかったが、思い当たる節はいくらでもあり、「……わかりました」と答えた。フー達がサナリに手を振ると、サナリも振り返し、駅の方へと歩いて行った。
韓国の学生達はマイクロバスでホテルまで戻るため、大学の駐車場へと戻った。明日韓国へ帰るそうだ。宇都宮達も車を停めているのでついて行った。「打ち上げがあるので明日まで停めさせてください」と丸い女の許可は得ていた。丸い女に何かを断られたことは結局一度もなかった。トゥーンはベロベロに酔い、ミンソに支えられながら歩いていた。打ち上げの興奮が冷めず、みんなわちゃわちゃとしゃべっていたら、「ビー、クワイエット!」とセオさんが一番大きい声で言った。セオさんも酔っていた。
校庭に着き、フーが「マシャ、サンキュー」と言って手を差し出してきた。宇都宮はフーと握手した。トゥーンともミンソとも握手した。また会いたいと思った。学生たちはバスに乗り込み、バスが動き出した。フーとトゥーンとミンソが窓から手を振った。宇都宮も手を振った。昨日と同じだった。明日も会えるような錯覚に陥った。
バスが見えなくなると、太田がアキラ・キタムラに「先輩、今日もお邪魔させてください! 朝まで飲みましょう!」と言った。アキラ・キタムラは「あ、俺今からセックスだから」と言ってダンサーの女の子と二人で帰って行った。その様子を太田は寂しそうに見送った。
暗い校庭に宇都宮と太田だけになってしまった。宇都宮はピュイピュイと車のロックを解除し「乗れば?」と太田に言った。太田はぶつぶつ文句を言いながら後部座席で横になった。宇都宮は助手席に乗り、シートを倒した。
「……楽しかったろ、まあまあ」太田が昨日と同じことを宇都宮に聞いた。呂律が回っていない。
「……うん、けっこう」宇都宮はけっこう楽しかった。
「また先輩から連絡あったら、宇都宮も誘うから」
「……うん」
太田はしばらく画面の割れたスマホをいじっていたが、そのうちいびきをかきだした。宇都宮もアルコールのせいでなんだかふわふわした。心臓の鼓動に合わせて頭痛がした。ワークショップのことを反芻しながら目をつむった。
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