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熊本日記(7)

(前回のあらすじ)路面電車に乗りました。

路面電車を利用し、どうにかこうにか、公演会場である「ギャラリーキムラ」の付近、通町筋までやってきました。
アーケードの商店街があり、車通り、人通りともに多く、栄えている一帯のようです。
なんとなく既視感のある風景でしたが、アーケードの商店街なんてどこも似たようなものだろうと、あまり気に留めませんでした。
ちなみに、僕は熊本には何度か訪れたことがあります。会社の社員旅行だったり、妻の運転する車だったり。なんなら飛ぶ劇場の公演で来たこともあります。ただ、旅程は全部他の誰かが立ててくれており、一人で来たのは今回が初めてなので、どぎまぎしているのでした。
さっき調べたのですが、飛ぶ劇場が公演を行ったのは熊本県立劇場という所で、通町筋のわりと近くにあり、おそらく、宿泊先も劇場の近くに取っていたものと思われます。そして、アーケードの商店街にあるおしゃれなお店で、きむけんと、当時劇団員だったふじおーと三人で晩飯を食ったのを思い出しました。プロジェクターで壁に平井堅のMVが映し出されていたのも覚えています。あれは通町筋の商店街だったのでしょう。その既視感でした。

時刻は16時前で、ちょうどお昼の公演が終わる頃です。プリントアウトした地図を片手に、公演会場を目指します。

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地図を見る限り、アーケードのある大通りを北へ歩き、横道にちょっと折れた所に会場はあります。これはさすがに楽勝です。
公演前に何かちょっと食べるつもりなので、アーケードを歩きながらお店を探します。と、道のど真ん中に、いわゆるストリートピアノと呼ばれるものが設置してありました。誰でも自由に弾くことができるあれです。僕が通りかかった時、ちょうど50代くらいのおっさんが座った所でした。地図を見るふりをし、何を弾くのか伺っていました。すると、一音一音を探るように、「チューリップ」を弾き始めました。

 さいた……さいた……チューリップの はなが……

とてもたどたどしい手つきで、技術的に決してうまいと言えるものではないけれど、妙な感慨がある……のかと言われればなく、ぶっちゃけ下手で、五秒に一回くらい音がはずれました。そして音をはずすと、また頭からやり直していました。お連れの方もいないようで、おっさんは一人、「ちょっと、音楽でも奏でてみるか」といった風情で弾いています。ピアノのアテンドで付いていたスタッフの女性は、部外者のように無表情で虚空を見つめていました。

 ならんだ……ならんだ……あか しろ きいろ……

僕は何か、コンテンポラリーな作品でも見ているのでしょうか。おっさんの奏でる不安定なチューリップが、一帯の空気を変異させました。休日にショッピングを楽しむ人々に「けれど、それ、消費税が10%もかかってるんですよ……」「今月のお小遣い、もうなくなってしまいましたね……」などと無意識に受け入れていた不都合を喚起させることで表情を曇らせ、我々が置かれている現実というものを突きつける鋭さが、おっさんの演奏には……ない! やはりそんなものはない!

 どのはな みても きれいだな……

そのクオリティでよくストリートピアノを弾こうと思ったな、と唖然としました。まあそういうコンセプトのピアノなので、どう弾こうが自由なのですが、僕にその勇気はありません。見なかったことにし、横道に折れました。

僕がこの辺りだろうと目星をつけていた所に、公演会場はありませんでした。代わりに熊本城が見えました。お城を近くで見てみたい気持ちもありましたが、まずは会場を目指すのが先決です。来た道を戻り、アーケードから別の横道に入りました。が、またしても目算がはずれました。同じ道を行ったり来たりし、しばらくうろついたのですが、どうにもあと一歩近づき切れていない感じです。路上に設置された地図を見ました。うっすら写り込んでいるのが、めんべいのビニール袋です。

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横道にはアーケードがないので、雨に濡れて地図がくたくたになってきました。完全に迷子です。もうあきらめて、人に聞くことにしました。誰だ、楽勝だなんて言ったのは。
大通りに戻り、ドラッグストアで500円くらいのビニール傘を購入しました。そしてレジの店員さんに道を尋ねました。

「すいません、この『ギャラリーキムラ』っていう場所を探しているのですが、ご存知ですか?」
「少々お待ちください」

店員さんはご存知なさそうでしたが、スマホを取り出し、検索してくれました。そしてわざわざ店の外に出て案内してくれました。

「あそこに、ピアノが設置されているのが見えますか?」
「はい(それはもう)」
「そのもう一本向こうの道を、左に折れたらコンビニがありますので、コンビニをさらに左に折れますと、お探しの場所があります」
「ありがとうございます」

探していたのと完全に逆の横道でした。そしてとっくに通り過ぎていました。見つかるはずがありません。僕は地図の見れない男でした。
レジの前に、二、三人の列ができました。待っていたお客さん、すいませんでした。店員さん、本当にありがとうございました。

再びストリートピアノの前を通りがかると、おっさんはすでにおらず、小学生くらいの女の子が、お父さんとお母さんに促されて弾いている所でした。おそらくピアノ教室に通っているのでしょう。僕の知らない曲でしたが、おっさんよりはるかに流暢に弾いていました。道ゆく人も温かい目で女の子を見ていました。ようやくストリートピアノの醍醐味に触れられました。

ドラッグストアの店員さんが教えてくれた道を折れ、ドラッグストアで買った傘をさし、ようやく、公演会場である「ギャラリーキムラ」を見つけることができました!

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顔を出そうかなとも思いましたが、準備でばたばたしているだろうから、あまり気を使わせてしまってもあれなので、そのまま会場を後にしました。
開演まであと1時間半です!
(続く)

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