山下くん
昨日、大体2mm『水曜日の男』の稽古初日でした。
電車で稽古場に向かっていると、演出のみずきくんからグループラインにメッセージが届きました。今日の稽古では、チラシ用の写真撮影をし、演出プランを説明し、台本を読みます、といったような事務連絡でした。そして最後に、
「あと、山下くんが見学に来ます」
という一文が添えられていました。
「山下くん?」
僕は物理的に首をひねりました。
慣用的な意味でも首をひねりました。
つまり、首をひねりました。
「山下くん」が、どの山下くんか特定できなかったからです。
世の中に「山下」という苗字の人はたくさんいるのに、何でみずきくんは、「山下くんが見学に来ます」で全員に伝わると思ったのだろうと不思議に思いました。
まず僕がパッと思い浮かべるのは、職場の同僚の山下くんです。小柄で、メガネをかけていて、工場で機械をまわしている、あの山下くんです。ミスチルが好きで、CDの発売日には「おれ今日、ミスチル買いに行かないかんけ」と言って、定時で帰る山下くんです。
僕はカマをかけてみることにしました。
「あの山下くんですか?」
とラインしました。
数分後、みずきくんから「あの山下くんです」と返信がありました。
何の解決にもなりませんでした。
「ミスチルが好きな山下くんですか?」
と、僕はさらにラインしました。
みずきくんから「それは僕は知りません」と返信がありました。
冷静に考えて、同僚の山下くんが稽古見学に来るというのは考えにくいことです。なぜなら僕は職場で演劇をやっていることを大っぴらにしていないし、山下くんが演劇に興味のありそうなそぶりを見せたこともないからです。そもそも、みずきくんの連絡先を知っていることが腑に落ちません。
同僚の山下くんの可能性は限りなく低いでしょう。
それから僕は知り合いの山下くんをちょっと思い出してみることにしました。そろばん塾に一緒に通っていた山下くん、陸上部の後輩の山下くん、めっちゃ明るい山下くん、etc……。
そして、ついに演劇を通して知り合った山下くんに思い当たる節がありました! 15年くらい前、劇場のリーディング公演で共演して、今は愛知で橋を作る仕事をしている山下くんです。
僕は「じゃあ、あの山下くんですか?」とラインしました。
みずきくんから「どの山下くんですか?」と返信がありました。それはこっちのセリフだ、と思いました。
「愛知で橋を作っている山下くんです」
「たぶん橋は作っていない山下くんだと思います」
「それは、橋を作る仕事はもう辞めた、ということですか?」
「いえ、最初から橋は作っていない、という意味です」
「ひょっとして、愛知じゃなくて愛媛でしたっけ?」
「そういうことでもありません」
もはやお手上げです。
見兼ねたのか、出演者の若宮さんが「前、若宮計画に出演した山下くんではないですか?」とラインしてくれました。
僕は先日の若宮計画を観ていたので「あぁ、あの山下くんか」と納得しました。福岡で「ギムレットには早すぎる」という団体に所属している山下くんです。面識がないので、彼が山下くんであるという認識に至りませんでした。
「わかりました。あの山下くんですね」と僕はラインしました。
「どの山下くんが来ても大丈夫なように、よろしくお願いします」と、みずきくんから釘を刺されました。
何が言いたいのかというと、僕は人見知りをします。
(山下くん、興味を持ってくれてありがとう!)
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