
プライベートなテーマパーク
はじめに
メタバース、それは従来から存在するコンピュータとネット上の空間である。しかし、この空間の可能性は新しい局面を迎えている。
バーチャルマーケット(以下、Vket)はメタバースの新しい可能性を提示するイベントの一つだ。アバターなどの3Dモデルやその他の創作物を展示・販売するVRイベントとしては、世界でも最大規模のイベントである。
VR空間上で開催される3Dモデルの展示即売会としてスタートしたVketだが、現在では企業も出展者として参加するオールラウンドなマーケットイベントとなっている。
Vketへの参加方法は多岐にわたるが、この記事ではVRChat上の会場にVRでアクセスする方法による体験を前提にしている。私個人としてはメタバースの新しい可能性をVR空間の中に見出しており、VR空間内の会場への参加を通してそれを感じたためである。

メタバースの可能性
Vketの魅力
私がはじめて来場したVketは、2019年3月に開催されたバーチャルマーケット2(以下、Vket2)であった。コンセプトが異なる複数のワールド会場で構成されたVketは、このVket2からはじまった。特定の世界観でつくられたワールドの中に各サークルのブースが配置されるというスタイルは、当時から賛否両論であったが、Vketの大きな特徴として現在も引き継がれている。
サークルのブースよりもワールドの方が目立っているのは展示即売会としていかがなものかという批判はある(出展者としてはよくわかる)ものの、しかし、このコンセプトワールドの存在こそが、私が毎回Vketに参加する理由となっている。
私にとってのVketはテーマパークのようなものであり、展示即売会場としてだけでなく、散策できる観光スポットとしての側面も持っている。各サークルのブースを訪れるだけでなく、ワールドに訪れるということにも独自の楽しみがあるのだ。
たとえば、今回のVket2021に「Snowman's Toy Factory」というコンセプトワールドがある。ここはクリスマスのプレゼントをつくっているオモチャ工場のワールドなのだが、とてもファンシーで可愛らしい空間となっている。






会場自体も一つの作品と言ってよいほど大規模に作りこまれていることが、おわかりいただけただろう。おどろくことに、バージョンの違うワールドまで用意されているのである。







同じ場所の違う時間帯が会場となっていて、配置されるブースも全く異なるので、会場それぞれの違いを楽しむことができるのだ。
テーマパークのプライベート化
しかし、Vketがテーマパークのようなものでありそこに魅力があるといっても、メタバースの可能性をそこに見出すのは早計かもしれない。作りこまれた魅力的な非日常の空間という点では(物理世界では実現できない空間が実現できるということを除けば)物理世界のテーマパークと同じであるし、特別に新しいわけではないのかもしれない。
ただ、物理世界のテーマパークと根本的に違う体験がVketでは可能である。それは、テーマパークのプライベート化である。
VRChatにおけるワールドは、インスタンスというワールドのコピーを建てることで実体化されている。ワールドは空間の設計図であり、プレイヤーは設計図をもとに実体化された空間であるインスタンスの中に入っているのだ。
VRChatにおけるインスタンスにはいろいろ種類があるのだが、入場できる人の範囲によって大きくパブリックインスタンスとプライベートインスタンスに分類される。プライベートインスタンスでは参加者を限定することができるため、ワールドをプライベートな空間とすることもできる。
つまり、Vketの会場をプライベートインスタンスとして建てれば、会場を貸切にすることができるのである。テーマパークをプライベート空間として独り占めすること、これは物理世界では容易に達成できることではない。しかも、他のユーザーも同時にそのような独り占めができるという物理世界では不可能なことまで、この仕組みを利用すれば可能なのである。
インスタンスの仕組みそのものはオンラインゲームなどでは一般的なものであり、そういう意味ではメタバースには一般的に備わった仕組みであるともいえる。そうであるならば、Vketのようにテーマパーク的なイベント空間をプライベートな空間として提供することはメタバースの利用方法として一般的になり得る(もしくはすでになっている)ものだと考えられる。
個人的なメタバース
テーマパークのプライベート化は、いわば個人のレジャースペースの拡張であり、遊び場の選択肢を増やすものである。プライベートなテーマパークで友人とわいわい遊ぶこともできるし、一人でゆっくり堪能することもできるのである。
不特定多数の人と交流ができることもメタバースの魅力の一つではあるが、同時に個人のプライベートな空間の拡張もメタバースはもたらしてくれるのである。そして、そのような個人的な空間が拡張し、増加することによってメタバースが拡大していくのである。
さらなる展開
コミュニケーション・チャネルとしてのメタバース
一方で、Vketは企業に対して新しいコミュニケーション・チャネルを提供するイベントでもある。メタバースは企業と消費者を結ぶ新たな経路であり、Vketはその先駆的存在であるといえる。
これからの消費者はメタバース上で企業から発信される情報を取捨選択する必要があるし、企業はメタバース上でどのように情報を発信すれば消費者に効果的に届くのかを考えていく必要があるのだ。
広告のアトラクション化
たとえば、消費者をテーマパークのアトラクションで楽しませるという手法は、メタバース上での企業の広告としては効果的なものになってくるものと思われる。
さらに、テーマパークがプライベート化されていれば、消費者にじっくりとアトラクションを楽しんでもらうことができ、広告の効果は消費者により深く浸透するかもしれない。





個人的なメタバースとの競争
しかしながら、メタバース上の空間においては、時間の使い方も空間から出るタイミングさえも、すべてはユーザーの都合次第である。
さらにメタバースではユーザー自身が空間やアトラクションをつくりだすことも可能であるので、企業が自身のアトラクションに客を呼び込むにはそれ相応のコストや努力が必要となるであろう。
企業は自身のテーマパークを消費者にプライベート化してもらうことができれば、消費者の懐に深く潜りこむことができる一方で、その消費者自身が生み出す空間との競争を強いられるのである。