マフィア的な世界観のラップを大成させたJAY-Zのデビューアルバムを味わう。(JAY-Z - "Can't Knock the Hustle")【後編】
前回は、「マフィア的な世界観のラップを大成させたJAY-Zのデビューアルバムを味わう。(JAY-Z - "Can't Knock the Hustle")【前編】」と題して、Mafioso RapやJAY-Zの出てきた背景を説明しました。
そして、ドラッグ・ディーラーならではの1バース目を味わいました。
今回は、2バース目と3バース目を読んでいきたいと思います。
それでは、引き伸ばさずに、さっそく参りましょう!
2バース目
Last seen out of state where I drop my sling
I'm deep in the South kicking up top game
【意訳】
ニューヨーク州の外で最後に目撃されたときには、ドラッグを届けて、スラングをドロップしてた。
南部深くまで進出して、高価なドラッグとラップを運んでたのさ。
state(州)は、JAY-Zの生まれ育ったニューヨーク州のことでしょう。
JAY-Zの"運び屋"としての活動範囲は、前編でも触れたように、ニューヨーク州にとどまらないもので、南はバージニア州やメリーランド州まで運んでいました。「南部深く」というほどの位置ではないですが、JAY-Zは後に本の中で、「ニューヨークで生まれ育った人間からすると、州を出ると、ちょっとした距離でもすごく遠くに感じるもんだ」と述べています。
"drop my sling"のslingはドラッグという意味ですが、JAY-Zはslang(スラング)とも聞き取れる発音でラップをしており、ドラッグを届けるだけではなくて、ラップの腕も同時平行で磨いていたということを歌っています。
Bouncing on the highway switching four lanes
Screaming through the sunroof, money ain't a thang
【意訳】
高速道路をぶっ飛ばして、四つの車線を行き来する。
サンルーフを開けて、「金なんて、何でもねえぜ!」って叫ぶのさ。
「money ain't a thing」は、お金をたくさん稼いだために、お金への執着がなくなった様子を叫んでいます。「金なんて、こんなもんか!」というイメージです。ちなみに、"Money ain't a thang"は、後にJAY-Zが曲のタイトルにも用いています。
Your worst fear confirmed
Me and my fam roll tight like The Firm
Getting down for life, that's right, you better learn
While I play with fire, you burn
【意味】
お前の一番恐れていることが確認されたぜ。
俺と、俺の家族たちは『The Firm』みたいに固く結束してる。
人生のために仕事に取り掛かる。その通りさ、お前も学んでおくべきだぜ。
俺が銃で遊ぶ間に、お前らは燃えちまうのさ。
『The Firm』というのは、あるボストンの法律事務所を舞台に、John Grishamが書いたフィクション小説です。そこでは、犯罪は仲間や従業員によって隠蔽されます。
JAY-Zは、自分たちの犯罪組織を、この法律事務所に例えて、結束の固さを表現しています。
"get down for life"は、人生のために仕事に取り掛かるという意味と「生き延びるためにかがむ」という銃撃戦の場面を、同時に描いているラインだと考えられます。そこから、次の「俺が銃で遊ぶ間に、お前らは燃えちまうのさ。」に繋がっているんですね。銃撃戦では負けないと。
We get together like a choir, to acquire what we desire
We do dirt like worms, produce G's like sperm
Until legs spread like germs
【意訳】
俺たちは、欲しいものを手に入れるために、合唱団みたいに集う。
汚れ仕事もミミズのようにこなすぜ。1,000ドルを精子みたいに生産する。
俺たちに群がる女たちが細菌みたいに増えるまでさ。
ミミズは泥の中で生活するように、JAY-Zたちも犯罪まみれの生活をしていました。そのリスクの対価として大金を稼いでいたようです。平均的な男性が一生で5,200億ほどの精子を生産するようなので、まぁとにかく稼いでいたということです(笑)。
「legs」は、セクシーな女性という意味があるスラングのようです。なので、大金を稼いで、細菌が増殖するように、女性が群がってくるまで、大金を稼ぐというラインになります。また、「leg spread」は足を開くという意味もあるので、ダブルミーニングになっています。
I got extensive hoes with expensive clothes
And I sip fine wines and spit vintage flows
What y'all don't know
Yeah, yeah, yeah, yeah
Cause you can't knock the hustle
【意訳】
俺は、広範囲に女がいる。高級な服を着た女性さ。
そして、俺は高価なワインを飲んで、ビンテージなフロウをスピットする。
お前たちが知らないようなフロウさ。
そう、その通り。ハッスルをやめられるかってんだよ。
JAY-Zは、ドラッグの納品先として新しい街を開拓するときに、まずは女性たちと遊んで、誰がこの街のドラッグディールを仕切っているのかといった話も聞き出して、その街のボスと話をつけられそうであれば、既存の仕入れルートから乗り換えてもらってドラッグビジネスを行なっていたと本で述べられています。ニュージャージーからバージニアまで、文字通り、広範囲に女がいたのです。
ドラッグビジネスで成功したJAY-Zは、ワインを飲んで、渋いビンテージなフロウでラップします。本当のドラッグビジネスを経験していない、ギャングを演じているだけのラッパーたちには書けないラップをスピットするのです。また、「Vintage」はワインをつくるときに葡萄を選り分ける作業のことでもあるそうです。
3バース目
Y'all niggas lunching, punching the clock
My function is to make much and lay back munching
【意味】
お前たちは、タイムカードをパンチしてランチ休憩中みたいに、トリップして怠けてる。俺の機能は、大金を稼いで、大麻を吸って、たくさん食べて、くつろぐのさ。
「lunching」はトリップしているといった意味のスラングです。他のラッパーたちが、トリップしてるだけで、がっつりと働いていない様子を、9時-5時の仕事で働いているサラリーマンがタイムカードにパンチしてランチ休憩に出かける様子に例えています。
JAY-Zは自分でビジネスをしているため、タイムカードとは無縁です。働くべきときには、がっつり働いて稼ぎ、その後にゆっくりと大麻を吸ってくつろぐのです。"munching"は、大麻を吸って食欲が旺盛になっている様子を表すスラングです。
Sipping Remy on the rocks, my crew something to watch
Nothing to stop, un-stoppable
Scheme on the ice, I got to hot your crew
【意味】
仕事で稼いだ基盤の上で、レミーマルタンを飲む。俺のクルーをよく見ておきな。
俺たちを止めるものは何もない。アンストッパブルなのさ。
俺のダイヤやコカインをパクってみろ。お前たちのクルーを皆殺しにするぜ。
Remy Martin'はコニャックのブランドです。
"on the rocks"というのは文字通りに解釈すると「岩の上で」となりますが、JAY-Zのレーベルが「Roc-a-Fella」だということを考えると、このrocksがRocを意味していることは想像がつきます。また、rockには固形のコカインという意味もあります。つまり、ドラッグディールや、音楽ビジネスで稼いだお金、「仕事で稼いだお金で」という風に解釈できるだろうと思います。
"ice"も、また2つ意味があり、ひとつはダイヤモンドのことです。もう一つはコカインのことです。JAY-Zの宝石や商品に手を出すと危険だということが分かります。
I got to, let you niggas know the time like Movado
My motto, stack rocks like Colorado
Waddle off the champagne, Cristals by the bottle
【意味】
Movadoの時計みたいに、お前たちに時間を告げてやらないとな。
俺のモットー、コロラド・ロッキーズみたいにロックを積み上げる。
シャンパンでよたよた歩き。クリスタルをボトルで飲む。
Movadoはスイスの時計ブランドです。精密さを表現しているのでしょう。
stack rockは、「rock」を先ほどと同じように解釈できるので、コカインを積み上げるという意味と、Roc-a-Fellaレコードを成功させるという意味が含まれているでしょう。"like Colorado"は、メジャーリーグのコロラド・ロッキーズというチーム名からの言葉遊びです。
It's a damn shame what you're not though: me
Slick like a gato, fucking Jay-Z
My pops knew exactly what he did when he made me
Tried to get a nut and he got a nut and what
Straight bananas; can a nigga see me
【意訳】
お前たちが俺じゃないのって、本当に残念だよな。
猫のようになめらかに武器を持ち運ぶ、JAY-Z様さ。
俺の父親は、俺をつくったとき、自分が何をしてたか分かってたのさ。
射精しようとして(get a nut)、狂人を生み出した(got a nut)んだから。
まっすぐなバナナみたいに、完全な変わり者さ。俺を見てるか?
gatoは猫のスペイン語でもあり、武器という意味のスラングでもあります。なので、猫のようになめらかであり、なめらかに武器を持ち運んで襲撃するという意味の両方が込められたフレーズが"Slick like a gato"です。
その後の部分は、自分を置いて、家を出て行ってしまった父親への恨み節です。
"Tried to get a nut"は、ただ射精しようとした、という意味です。つまり、父親はただ射精しようとして(=get a nut)、セックスをしただけだったけれど、結果として変人(= nut)を生むことになった(= got a nut)のだから、やろうとしていたことと、実際に起こったことは、実態としては違うけれども、言葉上はどちらも「got a nut」という言葉で表現できるという意味で「父親は自分が何をしようとしていたか分かっていた」と述べているわけです。難しすぎ!
Got the US Open, advantage Jigga
Serve like Sampras, play fake rappers like a campus
【意訳】
全米オープンで勝利した、アドバンテージ、Jiggaさ。
完璧なサンプラスのサーブみたいに、コカインを提供する。
偽物のラッパーたちを学園みたいに遊ぶ。
ピート・サンプラスは、90年、93年、95年、96年と全米オープンで優勝しているテニス選手です。JAY-Zはサンプラスのように全米で勝利したと、自分を例えています。
アドバンテージというのは、テニスでデュースになったあとに、後一本でゲームを取れる状態です。そんな状態でサンプラスのようにサーブするわけですが、JAY-Zがサーブするのはテニスではなく、当然コカインです。サンプラスが完璧にサーブするように、完璧にコカインを提供するというわけです。
Le Tigre, son you're too eager
You ain't having it
Good me either
Let's get together and make this whole world believe us huh
【意訳】
Le Tigre、お前たちは熱心すぎるぜ。お前たちには全米は取れない。
俺もまだ取ってないけどな。一緒に全世界に俺たちを信じさせてやろうぜ。
Le Tigreは、ラコステの位置を狙って立ち上がったファッションブランドで、LL Cool Jなどが着ていました。過剰な広告宣伝で一気に知名度を集めましたが、ラコステには及ばず、そのまま沈下してしまいました。
一方、火花の散っているところに飛び込むのではなく、しっかりと地盤を固めていくのがJAY-Zのスタイルです。そこの対比を歌っています。
At my arraignment screaming
All us blacks got is sports and entertainment, until we even
Thieving, as long as I'm breathing
Can't knock the way a nigga eating, fuck you even
【意訳】
俺の罪状認否で、俺は叫んでる。
俺たち黒人が、白人並の暮らしを手に入れるには、スポーツとエンターテインメントしかないって言う。
俺は、息絶える日まで、奪い続ける。
俺たちが飯を食うための手段を辞められるかってんだよ。
お前らだって、糞食らえさ。
ヒップホップ周りでは、よくゲットーで生まれたマイノリティ人種が成り上がるには、バスケットボール選手になるか、ラッパーになるかの2通りしかないと言われています。しかし、JAY-Zは3つ目の方法に手を出しました。ドラッグ・ディーリングです。
JAY-Zの盟友でもあったビギーは『Juicy』という曲で、以下のように歌っています。
俺がドラッグの売買をしてたビルディングの前に住んでいた奴らへ。
娘を食わせていくためのお金を稼ごうとしていただけなのに、警察を呼びやがった奴らへ。
「俺たちが飯を食うための手段を辞められるかってんだよ」というラインは、このビギーの歌詞にもリファレンスしているのでしょう。
以上!
ここまで、JAY-Zの"Can't Knock the Hustle"を読んできました。
いかがだったでしょうか。ストリートの交差点でドラッグを売るのとは、また違った、州をまたいでドラッグを運ぶ、運び屋としてのJAY-Zが見ていた世界観が反映された歌詞でした。
初期のJAY-Zのリリックに興味を持たれた方は、ぜひデビューアルバム『Reasonable Doubt』を聴いてみてください。
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