猫ちぐらのあたたかさに憧れて ―「オンライン上映“猫ちぐらの夕べ”」鑑賞―
抽選は外れた。一夜限りにであること加え、収容人数も普段より少く設定されているので、ハナから期待はしていなかったし、後日に配信するということはあらかじめ知らされていたので、それほど残念には思わなかった。
「セットリストのほぼ全体がゆったりしたものになる」
どんなコンサートになるのだろう?
観るまでにいろいろな場面を想像した。まさかメンバー全員が座りながら、アコギを持って演奏するようなことになったりするのか?
いや、それならばそれで素晴らしいコンサートになるに決まっている。とはいっても、コンサートの表題曲でもある「猫ちぐら」。2020年6月に発表された楽曲で、ゆったりした曲ではあるものの、しっかりとバンドサウンドで構成されている。
スピッツは“ロックバンド”だ。結成当初はパンクバンドで、THE BLUE HEARTSの影響を強く受けていたことは、少し調べればわかることだ。草野マサムネがパーソナリティを務める「ロック大陸漫遊記」では、60~70年代のHard rockだったり、がっつりギターを歪ませ、重たいリフに、超絶速弾きが繰り出されるような曲がかかることも多い。そして彼自身、それらがルーツとなっている、憧れているという発言もよくしている。
そのような“ロック志向”であるスピッツがあえて“ゆったりした曲”とアナウンスする。それだけでも特別なことのように、私には思えた。
オンライン鑑賞チケットを購入して時間になった。しばらくすると会場が暗くなる。入場SEはなく、拍手に包まれながらメンバーが登場し、定位置に付く。ステージ上は“いつもの”バンドセットだ。
崎山のドラムフレーズから始まり、うねるようなベースラインと柔らかなギターアルペジオが加わる。一曲目は「恋のはじまり」だ。
“思い出したいのは君だけ”
“それは恋のはじまり そして闇の終り”
“明日は晴れるだろう”
改めて歌詞カードを眺めて全体を読めば、“君”への想いを歌ったものであることはわかる。しかしライブという流れのなかで聴いていると、短いフレーズが個々で耳に残る。ライブができない、見られない日々が続いたこと。そして今、久しぶりにライブができる、見られる喜び。これからの明るい未来を願うように聞こえてくる。
続いては「ルキンフォー」
“それじゃあダマされない ノロマなこの俺も
少しずつだけれど学んできたよ まだまだ終わらない”
“ダメなことばかりで折れそうになるけれど
風向きはいきなり変わることもある ひとりで起き上がる”
スピッツのメンバーはしばしば、「自分達よりかっこいい、上手いバンドはたくさんいる」という旨の発言をする。これを聴き手側がどう思うかは一旦置いて、彼らは挫折や嫉妬を強く感じている。そこから生まれたネガティブな感情や厭世的な気分を、結成からしばらくの間は、オブラートに包んで可愛らしく、ときに不穏な雰囲気を漂わせながら表現してきた。ただ、ここ10年くらいはそうした思いをポジティブな方向に昇華し、比較的ストレートに応援歌として表現している。
力強く手を引っ張ってくれる訳ではないが、倒れそうなときにそっと背中を支えてくれる、転んだときには立ち上がるまですぐそばで見守ってくれる。「ルキンフォー」は、自分のペースで歩いていけば問題ないんだ、と思わせてくれる優しい応援歌だ。
“負けないよ 僕は生き物で”
草野に単独でスポットライトが当たり、ギターをかき鳴らしながら歌いはじめる「小さな生き物」。10年以上ぶりに演奏された「ハートが帰らない」。草野とクジヒロコのボーカルの掛け合いが心地よい。
アコギのブラッシングのカウントから始まる「僕のギター」。私はスピッツの中で「さざなみCD」というアルバムが一番好きで、その冒頭を飾るのがこの曲だ。心が洗われるような透き通ったアコギの音と力強いバンドサウンドが印象的で、聴くたびに爽やかな気持ちになる。
「猫ちぐら」はほっとするような、ゆったりした曲だ。冒頭のMCで草野が、「会場の丸い感じが猫ちぐらのようだ」と語っていた。猫ちぐらのなかで猫がゆったりとするように、会場は温かい雰囲気に包まれていたのだろうということを想像する。そして映像を見ている私も、“猫ちぐら”のなかにいたわけではないが一緒に温かい気持ちになった。
「フェイクファー」では三輪の心地よいアルペジオから始まり、だんだんとバンドサウンドが加わり、盛り上がっていく。本編最後は「正夢」。暖色系の照明にステージが包まれる。いつもほどではないが、動き回りながら楽しそうに演奏する田村がみえる。
アンコールでは恒例の、ゆるっとした雰囲気のメンバー紹介。
最後の曲は「ハネモノ」。私はここまで見てきて、お客の存在をあまり感じることがないままでいた。もちろん曲が終わるときに拍手は起こるし、MCではメンバーが客に問いかけるようなシーンもあった。それでもどこか、スタジオライブや無観客ライブを観ているような感覚でいた。
曲が始まるとリズムに合わせて手拍子が鳴らされる。その光景を見て、改めて“これはライブだったんだ”と再認識した。会場全体が音楽に合わせて一体となる感覚、こればかりは画面越しでは味わうことはできない。
素晴らしいライブだった。“ゆったりしたセトリ”ということで、ミディアムテンポやバラードの曲がほとんどだった。そんな中でも、“ロックバンド”スピッツが鳴らす音は変わらずに力強かった。また、美しい音色を奏でてくれる時もあれば、ほのぼのとした雰囲気にさせてくれることもある。そして楽屋の中を覗いているような他愛もないやり取りが続くMC。“ゆったり”のなかにも緩急が織り交ぜられ、そのような縛りを感じられることはほとんど無かった。
ただ、ファンとしてはどうしてもさらなる欲が出てしまう。田村のうねるようなベースからはじまり、ライブ序盤で盛り上がりを加速させる「けもの道」。終盤の「8823」、「俺のすべて」で会場のボルテージが最高潮になる瞬間を欲してしまう。そうした瞬間に再び立ち会える日を願ってやまない。
“続いた雨も小降りになってた
お日様の位置もなんとなくわかる”
“望み叶うパラレルな世界へ
願わくば優しい景色描き加えていこう”
この先どんな未来になるかはわからない。降り続く雨はいつになったら止むのか、いやもしかしたらこの先ずっと止まないかもしれない。そんな曇天の中であっても、スピッツの曲を聴きながら少しでも良い景色を見つけ出していけたらと思った。
ちなみに写真は、2020年秋に長野に行ったとき、偶然入った雑貨屋さんで見つけたもの。
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