🔶私の好きな奈良：法華寺 総国分尼寺・大和三門跡の格式と国宝の本尊仏

奈良市法華寺町にある法華寺は、中宮寺（奈良県斑鳩町）、圓照寺（えんしょうじ、奈良市）と並び、大和三門跡（もんぜき）に数えられる寺です。
奈良時代、光明皇后創建のこの寺は、日本の総国分尼寺とされていました。

門跡寺院とは、皇族や貴族の子女などが住職となり、格式の高い寺院の代表格として知られます。名称の由来としては日本の仏教における正式な後継者である「門跡」という言葉に遡ります。

タイトル写真は本堂を望む南門ですが、築地塀（ついじべい）には、皇室とのゆかりを表す5本の線が引かれています。創建時から皇室と深い関わりを持ち、桃山時代からは皇室や摂家の姫君が住職（＝門跡）を務める真言律宗の尼門跡寺院となり、今も瓦には菊の御紋があしらわれます。

1999年からは「光明宗」として創建当初と同じく独立した寺となりましたが、 今も折に触れ皇室関係者が訪れるなど、門跡寺院ならではの品格が維持されています。

正式名は「法華滅罪之寺」。
法華経により、女人などが成仏しえない由とされた五障を滅し、現当二世（この世とあの世）の安楽を祈る寺という意味合いです。

今回は、そんな格式高い尼寺であった法華寺について書いていきたいと思います。

赤門から入り左に護摩堂を見ながら
右奥の本堂へ

創建と復興

続日本紀によると、奈良時代、もともと藤原不比等の邸宅があった地を、不比等の没後に娘の光明子（＝聖武天皇の后：光明皇后）が相続して皇后宮とし、745年にこれを宮寺としたのが法華寺の始まりとされます。

聖武天皇は741年、国分寺・国分尼寺建立の詔を出しました。法華寺は、この詔に基づいて国分尼寺とされ、総国分寺である東大寺に対し、総国分尼寺として、女人成仏の根本道場としての役割を担いました。
光明皇后はここで尼僧の仏学研鑚を勧め、女人成仏の規範を示すとともに、夫の聖武天皇崩御後は、天皇の菩提を祈ったとされます。

伽藍建築には時間を要し、完成は光明皇后の没後となった様ですが、創建当初の金堂や講堂は、現在の南門のさらに南に位置し、金堂の南に中門、その南には東西両塔を有する壮大なものであったことがわかっています。

境内の南西部にはさらに「阿弥陀浄土院」があり、そこには本尊として丈六の阿弥陀三尊像を祀っていた様で、「続日本紀」によれば、761年にここで光明皇太后の一周忌が営まれたと記録されています。

平安遷都のあと、奈良が廃れるなかで法華寺も衰退し、1180年の平重衡の「南都焼き討ち」では東大寺、興福寺とともに法華寺も被害を受けました。

鎌倉時代に入り、東大寺大仏殿を再興した僧・重源が、1203年、法華寺の堂宇や仏像を再興しました。現在も寺に残る鎌倉時代様式の木造仏頭は、この再興時の本尊廬舎那仏（るしゃなぶつ）の頭部であると推定されています。

さらに半世紀後には、西大寺の復興で知られる僧・叡尊によって本格的な復興がなされました。しかしその後の度重なる兵火（赤沢朝経による焼き討ち）、地震（1596年の慶長伏見地震）などにより殆どの伽藍を失うことになります（東塔は1707年の地震で倒壊）。

現在の本堂、南門、鐘楼は1601年から翌年にかけて、豊臣秀頼と母の淀殿が、片桐且元を奉行として復興したもので、今日の法華寺の伽藍はこのときに再興されたものです。

本堂と仏像

本堂

南門から正面に見える寄棟造、本瓦葺き、正面7間、側面4間の建物です（現在、参拝者は東側の赤門から境内に入り本堂に至ります）。

本堂

慶長伏見地震の復興事業として淀君の寄進によって建てられたもので、鎌倉時代の金堂、室町時代の講堂の部材が再利用されていると推定されています。

屋根の曲線や左右の連子窓などに天平建築の特徴を備えつつも、彫刻や金具飾りなどに豪奢な桃山建築の特色が見られます。
建物正面には1983年に八角灯籠1基が建立され、天平の創建当時を彷彿とさせています。

堂内では毎年4月1日から7日間、ひな会式（えしき）が行われます。
本尊の前に55体もの善財童子像が並べられ、普段は厳格な空気に包まれる本堂も、このときは華やぐ春の気配で満たされます。

十一面観音立像

本堂の中央付近には本尊を安置する厨子があります。

本尊の十一面観音立像（国宝）は、通常は非公開ですが、春・初夏・秋の特別公開期間には期日を限って特別開扉されます。
（普段は代りに仏師・松久朋琳作の分身像が厨子前に安置されています。）

仏像に興味のある方であれば、書物やウェブサイトなどで写真を目にすることも少なくないと思われる本尊仏ですが、像高は約1.00mで、実際に見ると意外にこじんまりしている印象を受けるかも知れません。

この十一面観音立像、「興福寺濫觴記（らんしょうき）」に記された伝承によると、乾陀羅国（けんだらこく：ガンダーラ）の見生王（けんせいおう）が夢の中で「生身の観音を拝みたければ日本の光明皇后を拝めばよい」と告げられ、問答師という仏師を日本へ遣わし光明皇后をモデルに3体の観音像を作りました。そのうち、1体がこの像であるとされます。

制作当初から彩色や金箔を施していない素木像です。経典には十一面観音像は白檀を用いて造るべきと説かれていますが、日本では白檀がないためカヤ材で素木仕上げの像を「檀像」とみなしており、この像も檀像として造られたものと思われます。

実際の製作は光明皇后没後の平安初期と考えられており、衣の太いひだと細く鋭いひだを交互に刻む翻波式衣文（ほんぱしきえもん）などもこの時代の彫刻特有の様式で、平安時代彫刻を代表する作品の1つとされています。

台座は像の蓮華の下を1本の細い茎で支える珍しい形式です。
像は左脚に重心を置き、右足の親指の先を軽く跳ね上げて、歩み出そうとする姿の様に見えます。

右腕が極端に長いのが特徴的ですが、これは仏の三十二相八十種好（さんじゅうにそうはちじゅっしゅこう）の一つ「正立手摩膝相（しょうりゅうしゅましつそう）」と言って、哀れみの思いが深く大きいことを表しているものです。

和辻哲郎氏の「古寺巡礼」、亀井勝一郎氏の「美貌の皇后」はいずれもこの像の表現を豊満な女体に例えて賛美しています。

その素晴らしさはまさに「百聞は一見に如かず」ですが、写真であれば多くの媒体で見ることができます。

週刊朝日百科　国宝の美
2009年11月22日号表紙

維摩居士（ゆいまこじ）坐像、文殊菩薩坐像

維摩居士はインドの商人で、出家はせず修行を重ね、博識者としても知られた人物です。
病気の維摩居士を文殊菩薩が見舞い、問答をした様子がこの像になっています。

あごを引き、痩せた体を反らすようにして座る姿、理性的な眼差しを表現した像は写実的で、唐招提寺の鑑真和上坐像、東大寺の良弁僧正坐像などと並び、肖像彫刻の傑作といわれています。

この像は、2017年のX線CT撮影による調査で、本体は木造、衣の一部が乾漆造であることが判明し、重要文化財から国宝に昇格しました。

慈光院

1979年に境内の南西隅に建造された宝物殿で、仏像、仏画、経巻などが収蔵されています。

国宝阿弥陀三尊及び童子画像、四臂不動明王坐像、阿弥陀如来立像（横笛堂本尊）、不動明王像（湛海作、厨子入）、法華寺五重小塔（海龍王寺五重小塔の復元）、古瓦などが展示されています。

慈光院への門

阿弥陀三尊および童子画像（絹本著色：けんぽんちゃくしょく）

慈光院にある国宝で、平安時代の作です。

絹本は「絹に描かれたもの」という意味、著色は着色とも書かれ「色がつけてある」という意味です。 「絹本著色」は「絹のうえに色絵具で描いた」ということですね。

大きさの異なる３幅から構成される光明皇后ご臨終の際の来迎図（仏教において、臨終の際に阿弥陀仏や菩薩が亡くなる人を極楽浄土へ迎えに来る様子を描いた絵画）です。

阿弥陀如来を正面から大きく描く中軸と、蓮台を捧げる観音菩薩、宝蓋をかざす勢至菩薩を描く１幅、幡（ばん：菩薩の威徳を示すための飾り布）を掲げ先導する童子を描く１幅からなります。
平安時代の浄土芸術の代表で、日本の絵画史上屈指の名作といわれます。

浴室（からふろ）

光明皇后が千人の垢を自ら流したという伝説のある蒸し風呂（今で言うところのサウナ）です。薬草を用いて蒸し風呂を焚くようになっています。

古来、寺院の風呂は僧侶が沐浴潔斎するものでした。しかし、「我自ら千人の垢を去らん」という光明皇后の発願で、尼僧ではなく庶民のために使用され、庶民に開かれた福祉施設の原点ともいえるものでした。

現存の建物は江戸時代の1766年に再建されたもので、昭和初期までは夏と冬に使用されていました。
建造物としてではなく、民俗文化財として国の指定を受けています。

からふろ

横笛堂

秀頼・淀君の寄進で桃山時代末に復興されたものが殆どの法華寺において、鎌倉時代に建てられた、現存伽藍の中では最も古い建物です。
本来は阿弥陀如来を本尊とし、古代の阿弥陀信仰の一端を担ってきた建物です。

横笛堂と呼ばれるのは、現在本堂に祀られている横笛像が、かつてここに安置されていたからと言われます。

横笛というのは平家物語に登場する女性の名前なのですが、平家物語にある滝口入道（斎藤時頼）と横笛（よこぶえ）の悲恋物語をご存じでしょうか。

斎藤時頼は宮中を警護する武士、横笛は平清盛が娘の身の回りの世話をするように命じた遊女宿の娘でした。時頼と横笛は深く愛し合うようになったのですが、時頼の父が身分の違いを理由に二人の交際を禁じ、悩んだ時頼は出家してしまいます。

横笛もその後出家し、尼になってこの横笛堂に住んだと伝えられています。本堂に安置されている横笛像というのは、横笛が滝口入道との間で交わされた恋文を貼り合わせて作った自身の像と言われています。

どこまでが事実かはわかりませんが、尼寺であった法華寺ならではの伝承と言えるかもしれません。

横笛堂

鐘楼

赤門を入ってすぐ西側にあります。

1602年、秀頼と淀殿により片桐且元を奉行として再建されたもので、鬼瓦に同年の国名があります。細部に桃山時代の建築様式がみられ、二層建で上層に鐘を吊る「袴腰付き鐘楼」ですが、上層に高欄や縁を設けない形式は珍しいものです。

鐘楼

法華寺は、古くから女性にとって特別な存在であり続けたことと思います。

そしてそれ以上に、格式、国宝の仏像、絵画や、民族文化財、悲恋伝承のある建物など、見どころ満載、魅力いっぱいのお寺として、現在も多くの人々を惹きつけています。

まだの方は、ぜひ一度訪れて、庶民に開かれてきた門跡寺院を体感してみて下さい。