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57歳で UTMB(TDS)を走って分かったこと【はじめに】


 「老いる」ってどういうことなのか、と、考えることが多くなった。肉体に関していう限り、若い時の機能が保てなくなることであり、それは言い換えると、少しずつ死に向かっていることだと、イヤだけど何だか納得できてしまう。一方で、気づいたこともある。カラダにはいろんな機能があるのだが、そのなかには、やり方次第では、老いても向上するものもあるということ。

 その代表的なのは<走ること>なんだと思う。とくに心肺機能にあまり左右されないロングレースである。100mileもの距離を昼夜ぶっ通しで動き続けることは(もちろん基礎的な体力に恵まれている人でないと難しいのは承知しているが)案外、多くの人にも可能性があるのではないか。

 2024年8月26日、わたしは148kmのロングレースに出場した。UTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)の「TDS」である(この大会には長短幾つかのレースが前後して行われるが、そのなかのひとつのカテゴリーである)。わたしはこれまでも何度かロングレースに出場した経験があり、徐々にノウハウを蓄積してきたのは事実である。しかし、今回は、あるひとつの意外な現象に気づくことができた。
 カラダは脳みそより動きたがっている、ということである。
 もう少し正確にいえば、長いレースの期間においては、頭脳がいささか疲れ気味の際に、カラダのほうが行動をリードする局面もあるということ。
 この点に、なにやら「老いる」という現象を考える上で、頼もしい可能性の芽を感じてしまうのだ。
 今回、57歳で挑んだUTMB「TDS」について、何回かに分けて、ふりかえってみたい。

戦略―。コースを4つに分ける

 ところで、いきなり矛盾するようだが、ロングレースには「頭脳」が欠かせない。それは、走る前から始まる。
 148kmのコースを、事前にわたしは4つの区分に分けていた。

① スタート→49.8km(最南端)        ………………前半50㎞
② 49.8km→91.2km(最も西の端)     …………中盤40km
③ 91.2km→122.3km(Les Contaminesまで)…終盤32km
④ 122.3km→ゴール148.6km                 ……最終盤26㎞

 上記は任意のものである。大会運営側は、さらに細かいチェックポイントを設けている。わたしは、それぞれを通過するタイムを想定。腕章にして携帯し(※写真)、区間をこなすごとに付け替えた。

(「二の腕」に付けても、走っていると肘まで降りてきてしまう。時々、当たって痛い)

 ロングレースを経験したことのある人ならよくご存知のように、100km以上もの距離におけるペース配分を統一的に把握することは極めて難しい(なによりも、はるか彼方のゴールを目指して進むのは精神的につらい)。そこで、細かくゴールを区分けし、目標タイムをトレースする要領で、ひとつひとつ攻略していく。
 TDSは累積標高が9300mにも及ぶ山岳レースだが、要所要所でふもとの街まで降りてくるので、それらの街を区切りに、4つに分けてみた。そして、過去の何人かの出場選手の通過タイムを参考にしながら、同時に自分の実力を勘案して、タイムを見積もった。
 それが、およそ35時間15分。ちなみにUTMB大会運営側も独自に計算してくれる。31時間40分であった。

日本人1位でゴール

 果たして、結果は、32時間28分19秒であった。「年代別55-59」において3位(有力選手が脱落してしまったこともあり、日本人1位であった)。
 タイムというものは、当日の天候次第で大きく変わるものなので一概には評価できないものの、自分としては悪くはなかったという印象。その理由は(148kmも走るので当然苦しいわけだが)、「もう動けない!」「あきらめたい…」といった限界ラインを感じることがなかったからである(ロングレースでは「もうダメだ」という「底」を感じても、さらに下に「底」があり、その「底」をどこまで掘り下げることができるのかが「強さ」の証しのようなところもある。もっとも、このスローガンにおぼれるのは危険だということは肝に銘じている)。

 その背景には、冒頭でふれた通り「カラダがずいぶんリードしてくれた」という気がしているのだ。

 残念ながら、その秘密を、運動生理学的に説明する能力は自分には無い。が、時々、他のスポーツなどでも指摘される「ゾーンにはいる」という現象に近いのかもしれない(このシリーズの後半で、自分なりに何が良かったのかお伝えしてみたいと思う)。

 次回から本論に入ろう。なるべく丁寧にレースを振り返りながら、頭脳とカラダの相関関係を考えてみるつもりだ。ロングレースの魅力にも迫れるであろう。
 また、今後、TDSに挑んでみたい皆さんにも有益になるよう、これまでにない詳しいヒントを盛り込んでみるつもりだ。

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