57歳で UTMB(TDS)を走って分かったこと 【序盤35-50km】
ヨーロッパのすそ野の広がりを感じる
ヨーロッパのトレイルランナーたちは、さぞかし強いにちがいない。そんな恐れを抱いて臨んだUTMB(TDS)であった。果たして(当たり前だが、ひとそれぞれではあったが)、底辺の広がりを感じることは多かった。
結構な真夜中なのに、コースを逆走してくる選手に行き違うことも多く、どうやらトレーニングをしているようなのである。日常的にUTMBのコースを走っているとすれば、強いにちがいない。
さらに、さりげないことではあるが、こんなこともあった。数百メートル先の選手がどうやらコースをロストしたらしい。その瞬間、後続の選手がポールを脇にはさみ、指笛を高らかに鳴らした。その音色はもちろん、立ち姿の美しいこと。なんだかヨーデルの声音を想像してしまった。アルプス山系で生きてきた人々の厚みのようなものを、感じたものだ。
やはり進んでいる? トイレ事情
イタリア・クールマイヨールを深夜にスタートして、6時間半。いよいよイタリアをはなれ、フランスに突入する。プチ・サン・ベルナール峠(Col du petit Saint Bernard)である。
わたしも、このエイドで、スタート以来はじめて休憩を取った。ライトをしまい、水を満タンにし、トイレを使う。
なお、トイレについて。日本の仮設トイレに慣れてしまったじぶんは、当初、とまどってしまった。日本では、用を済ませたあと、足元のペダルを踏むことにより青色の消毒液が流れ、便器を清潔に保つ仕組みのものが多い。が、UTMBでは、水洗ではない。便座の隣にもうひとつ大きな穴があり、おがくずとひしゃくが置いてある。用を済ませたら、その上におがくずをかぶせる仕組みなのだ。もちろんペーパーはあるが、なじめなかったのは否めない。しかし、その後、走りながら考えているうちに、フランスのほうが進んでいるのではないか、と思うようになった。化学薬品を使わないのだ。場合によっては肥料にするのではないだろうか? 事実は知らないのだが、十分にありうることだと思った。
前半戦の補給計画
~ああ、サラミよ、ありがとう~
前半における補給計画についても、ふれておこう。
しばしば指摘されるように、わたしも「エネルギー系統」と「修復系統」の2種類に大きく分けて持参する。
「エネルギー系統」では、①ブランデー入りのスポンジケーキを2時間おきくらいに1カットずつ食べ、②トレイルバターも1時間おきくらいに少しずつ口に含んだ。
「修復系統」について、ロングレース未経験の方のために端的に説明すると、タンパク質を摂取することである。徐々に損傷する筋肉を少しでも修復するためである。経験的にいえば、おそらく完璧に修復することはできないのだと思う。それでも期待したい。すがるような思いである。いつもどおり、アミノバイタル粉末を、1時間おきくらいに水と一緒に服用した。
前半では、あえてジェルは避けた。ジェルに期待したかったのは、暑くなることが予想される昼間であった。なによりジェルと水の併用を続けると、お腹を冷やす傾向にあり、それがトラブルにつながることを避けたかった。
それから、大会運営側が用意してくれる食事について。いちばんうれしかったのはスイカだが、お腹を冷やすことを懸念し、慎重にいただいた。
また、うれしい誤算であったのはサラミである。消化不良になることを心配し恐る恐る口にしたのだが、これはいけた! 概して携行食は甘いものばかりになりがちなので、サラミの塩味がよいアクセントになった(レース後に、完走できた日本人の方と話をしたところ、その方もサラミはよく食べたと語っていた)。スキップしたエイドを除いて、どこのエイドでも2~3枚はありがたくいただいたものだ。
写真は、エイドではなく、シャモニーの街の店で撮影したものだが、厳密には、サラミというよりは、Saucisson sec(ソシソン・セック)というらしい。
お土産に買って帰りたかった!(が、肉なので断念)
前半の最難関は、ここだ!
サン・ベルナール峠(La Thuile)を過ぎたあとのコースこそ、前半における最大の難所といえるかもしれない。およそ11kmで、1300mをひたすら下る。湖沼を横切りながら進むはじめのうちはよい。極めて平坦に近く、快調に走ることができる。が、やがて、ガレ場というほどではないにしても、結構な割合で岩が埋まり、石が転がる硬質な路面が待ち受ける。この区間が長い。高台であり、山塊が見渡せる。景色にはほれぼれする。次のエイドであるSeesや、さらにその先のBourg St. Mauriceを見下ろすこともできるのだ。しかし、なかなか到着しないといった印象だ。市街地に近づけば近づくほど傾斜がかかる。林地にさしかかると、根っこも張り出す。日本の山地でしばしば直面する「激下り」というほどではないが、岩が多いので足場をとられ、ダメージを「ちらす」ような走りができない。
もともと、じぶんが最も恐れていたのは、大腿四頭筋の損傷である。前半でやられるわけにはいかない。できるだけ丁寧に下ることに専念した。それでも、Seesの市街地に入り舗装道路に入った途端、多少ダメージを負っていることに気が付いた。
しかし、Seesのエイドもスキップ。
次のBourg St. Mauriceまでは4kmもない。ロードを抜け、公園のような林地のトレイルを進む。ほぼ平坦だ。欧風の趣が小粋な市街地のゆるやかな坂道を登ると、前半部の締めくくり。スタートして49.8km、Bourg St. Mauriceに到着だ。
時刻は、午前08:49。順位は、145人を越して787位。
実は、事前の想定より、およそ50分早かった。
それが、どう今後に左右するのか。
中盤戦は、このあと10時間も続くことになる。