【毎日短編台本-3月10日】 牛丼屋。隣のスツール (3人劇)

基本情報

タイトル-牛丼屋。隣のスツール
作-臼井智希
ジャンル-現代劇、会話劇、社会
目安時間-10分
登場人物
井ノ口正夫(いのぐち-まさお) サラリーマン
野原銀杏(のはら-いちょう) OL
店員　牛丼屋のワンオペ店員

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本編

牛丼屋でカウンター、そのスツールに座っている井ノ口。
時間は深夜。井ノ口の他に客の姿はない。店員が1人いるだけ。
野原が入ってくる。券売機で牛丼の券を買うと、井ノ口の隣に来る。

野原　　すいません
井ノ口　あ
野原　　お隣、大丈夫ですか？
井ノ口　あ、はい

野原、荷物を下ろし井ノ口の隣のスツールに座る。

井ノ口　え
野原　　はい？
井ノ口　席、どこも空いてますけど
野原　　はい。あ、誰かお連れ様来ますか？
井ノ口　え？
野原　　どいた方がいいですか？
井ノ口　いや誰も来ませんけど。1人だからカウンター座ってたんで
野原　　あ、良かった
井ノ口　いや、え？
野原　　はい
井ノ口　席、どこも空いてますけど
野原　　はい
井ノ口　なんで隣？
野原　　1人なので
井ノ口　俺が？
野原　　私も
井ノ口　はぁ
野原　　だから大丈夫です。
井ノ口　はぁ、なんで？
野原　　......すいません、ご不快ならどきます
井ノ口　いやいやいやいや
野原　　え？
井ノ口　不快ではないんですよ。ただ、疑問で。わざわざ見知らんおっさんのとなり、なんで座ったんかなって。
野原　　あー、ごめんなさい。
井ノ口　いや、別に。
野原　　なんか限界で。
井ノ口　...え？
野原　　あの、なんか、限界で。あの、あなた、会社勤めですか？
井ノ口　え、あぁ、はい。
野原　　何年目ですか？
井ノ口　なんなんですか...えっと、10年ちょっとくらい、ですかね
野原　　私、今年2年目なんです。
井ノ口　そうなんですか
野原　　先輩どんどん仕事任せてきて、あ、良い人なんですけど。後輩はまだあんまりで。ちょっと私、仕事量どんどん増えるのに、全然こなせなくて。ってか去年よりそんな、できるようにもなってないし。
井ノ口　はい。
野原　　で、毎日こんな深夜に帰ってて。
井ノ口　はい。
野原　　毎日ここで1人で牛丼食べて帰るんです。
井ノ口　はぁ。
野原　　でも今日は先客がいたので。
井ノ口　えぇ。
野原　　お話ししながら食べようかなって
井ノ口　......うん？
野原　　お嫌でしたら別に大丈夫です
井ノ口　いや、嫌ではないんですけど。......なんで？
野原　　なんか限界なんですって。人と話したいんです。なんの関わりもない人と。
井ノ口　それで、ちょっとは癒される
野原　　はい。
井ノ口　...ん、まあいいか。いいよ。話そ。
野原　　ありがとうございます。それで、あなたは？
井ノ口　おれ？あ、井ノ口ま
野原　　あ！
井ノ口　え？
野原　　名前は、大丈夫です。ほら、特定できちゃうし。
井ノ口　あ、あぁ
野原　　関わりのない人のまんまで
井ノ口　あぁ...わかった。
野原　　それで、あなた。なにか悩みとかありますか？
井ノ口　え？
野原　　え？
井ノ口　あなたが限界なんでしょ？
野原　　はい
井ノ口　なら、あなたの悩みを私が聞くんじゃないの？
野原　　いえ、私があなたの悩みを聞きたいです。
井ノ口　なんで？
野原　　その方が、なんか。楽になります。
井ノ口　話すより、話される方が？
野原　　はい
井ノ口　そういうもん..?
野原　　そういうもん
店員　　お待たせしましたー

店員、焼き鮭持って出てくる。

店員　　焼き鮭でーす。

店員、井ノ口の目の前に焼き鮭の皿を置く。そのままハケていく。

野原　　焼き鮭？
井ノ口　おお
野原　　え、牛丼屋で？
井ノ口　おぉ
野原　　焼き鮭？
井ノ口　いや、牛丼重いんだよ。もう腹がおっさんは弱いの。
野原　　あ、そうですか。
井ノ口　で。なんだっけ。悩み？
野原　　はい、あ、食べながらでいいですよ。
井ノ口　おぉ

井ノ口、食べ始める。食べながら。

井ノ口　悩みっつってもなぁ...
野原　　ないんですか？
井ノ口　無くはないけど大したことはないんだよ。
野原　　でも深夜に牛丼食べてますよ。もう終電もないかもしれない時間です。
井ノ口　こっから徒歩圏内で帰れるんだよ。
野原　　じゃあ帰ればいいじゃないですか。なんでこんなところで牛丼食べてるんですか？
井ノ口　...言うね
野原　　言います。
井ノ口　家、帰ってもなぁなんだよ。
野原　　といいますと
井ノ口　俺、独身。帰っても1人。寒い部屋。飯は作んなきゃなにもない。携帯見てカップ麺食うが関の山。牛丼屋の方がまし。
野原　　...はぁ〜、なるほど。
井ノ口　ご期待には添えてる？
野原　　はい、とても。
井ノ口　ふぅん。ま、こんな話で楽になるならいくらでもするけどさ。
野原　　井ノ口さん、良い人ですね。
井ノ口　え
野原　　井ノ口さん。って、名乗りかけてませんでした？
井ノ口　あ、あぁ。いや、そうだけど。え、良い人？
野原　　はい、良い人です。優しい人。
井ノ口　優しい？俺が？
野原　　はい、優しいです。
井ノ口　...へぇ。
野原　　よく言われません？
井ノ口　初めて言われたよ
野原　　え？そうなんですか？
井ノ口　あぁ。
野原　　...そうですか。......よく考えてくださいね。
井ノ口　はい
野原　　私、怪しくないですか？
井ノ口　怪しいね
野原　　それなのにこんなに親身に話してくれてるんですよ
井ノ口　そんなに親身かな
野原　　かなり
井ノ口　そうか
野原　　だから、井ノ口さんは優しい人です。生き方が、綺麗な人です。

店員、来る。

店員　　牛丼、お待たせしましたー！
野原　　ありがとうございます

店員、ハケ。

野原　　いただきます。

野原、食べ始める。

井ノ口　あなたも。
野原　　はい？
井ノ口　怪しいけど、良い人だろうなと思うよ。
野原　　え、なんですか急に。
井ノ口　丁寧にいただきますって言うし。
野原　　言いますよ普通に
井ノ口　後輩と先輩の間で、会社で苦しんでても、その人たちを悪くは言わなかったでしょ
野原　　悪い人じゃないですから。むしろ良い人ですよ、どちらも。
井ノ口　良い人が周りに多い人は良い人なんだよ。
野原　　そうですか？
井ノ口　うん。類は友を呼ぶって言うだろ？
野原　　まあ、そうですね。
井ノ口　あれは、似たもの同士仲良くなるってことでもあるし、似てるように見えるってことでもあると思う。良い人は、人のいいところに目がいくから、周りの人をいい人だと思う、ってこと。
野原　　そう言う考え方...いいですね。

井ノ口、食べ終わっている。

野原　　あ、食べ終わりました？
井ノ口　うん。
野原　　じゃあ、さよなら。
井ノ口　え、待つよ？
野原　　いや、ダメです。
井ノ口　そうなの？
野原　　関わりのない人のままがいいので
井ノ口　そっか。

井ノ口、荷物を持って立ち上がる。

井ノ口　ご馳走様でーす！
店員　　ありがとうございましたー！

井ノ口、出て行こうとする。

野原　　野原！
井ノ口　え？
野原　　野原銀杏です。私。
井ノ口　え、はい。
野原　　また会うことがあったら。その時は関わりのある知り合いに、なりましょうね。
井ノ口　...ん。わかった。じゃあな、銀杏。
野原　　はい、さようなら。

井ノ口、出ていく。
野原、見送って、その後牛丼をかき込む。

野原　　はー、食べた食べた。...良い人。明日からも、頑張ろ

終幕。

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