【毎日短編台本-3月22日】 ネタ切れ (2人劇)
基本情報
タイトル-ネタ切れ
作-臼井智希
ジャンル-コメディ、現代劇、会話劇
目安時間-5分
登場人物
作家-50代ぐらいの小説家。
編集-出版社の編集さん。
本編
作家の家。その書斎。机と椅子があり、作家と編集が向かい合っている。
作家 ネタ切れだ。
編集 ...はい?
作家 聞こえなかったか?
編集 はい
作家 ネタ切れだ。
編集 はい?はい
作家 もう思いつくネタがない。
編集 そう、なんですか?
作家 これを見ろ。
作家は原稿用紙の束を引き摺り出す。いずれも白紙である。
作家 前作を出ししばらく、前回のお前との打ち合わせからもかなり経った。その期間に書けた文字。ついぞ0文字!あらすじも、シチュエーションも、書きたい人物像も。何一つ浮かばぬ。......いや、浮かばぬというのは不適当だ。実際のところ、浮かんではいる。
編集 なら良いのでは
作家 だが!!!その全てはもう過去の私が書いている!!!書きたいヒロインも!実にエモーショナルなシチュエーションも!!びっくり仰天、読者の9割があっというあらすじも!!!どんな要素も過去の私がもう書いている。今何を書こうと二番煎じ。おい、編集。
編集 はい?
作家 君は今いくつだね。
編集 32です。
作家 ふむ。いい機会だ。若造に教えてやろう。
編集 はい。
作家 ネタとは、有限だ。
編集 はい。
作家 帰りたまえ
編集 はい...え?帰る?なんで?
作家 私はもうなにも書けん。有限のテーマを私はすでに書き切ってしまった。別の人間が書けば同じテーマでも別の作品にしあがろう。だが私がもう一度、私が使ったテーマに挑んだとて生まれるのは、同じ別の作品だ。
編集 はぁ、はぁ?
作家 なにも書かない作家のところに来る意味もないだろう。帰りたまえ。
編集 いやいや、先生にはまだうちで書いていただかないと...
作家 逆に聞くが、私に何を書かせたいんだね?
編集 へ?
作家 お世辞にも私の小説の売れ行きがものすごく良いとは言えまい?なにを書かせたいんだ、私に。
編集 あのー
作家 なんだ
編集 私が先生のファンだって、言いましたっけ。
作家 知らん。そうなのか?
編集 そうなんですよ。
作家 そうか。なら最新作には失望したのではないかね?ネタ切れの末に生み出した、意味のわからん代物だった。なんの目新しさも魅力もない。そのくせテンプレートでもない。失笑ものの出来であっただろう。
編集 あれが一番好きです。
作家 ......君は文章を読むセンスがないらしい。
編集 あれが、一番、好きです。
作家 あんなののなにが気に入ったのか、理解に苦しむよ。
編集 執念がありました。純化された先生の思考がありました。先生がこれを生むのに苦しんだ、苦しみそのものがありました。
作家 そりゃ苦しんだからな。だがそれのなんに価値がある。
編集 あります。あの本は先生です。あの本は1人の命です。ネタが切れた結果、ネタという外装、鎧を失った、先生の人間性そのものがあの作品です。そう思いました。生身の執念と情念には、どんなテンプレートな魅力より惹きつける力があります。ネタなんかどうでも良いです。そんな実態のないもの、どうでも良いですから。先生を書いてください。この原稿用紙に。この原稿用紙を、先生にしてください。それを外界に出すことは私の仕事です。売れるかはこっちでやることです。先生は、自分を原稿用紙にすればいいんです。してください。あなたが何に苦しみ、何に救われ、何を美しいと思い、何を...
作家 帰りたまえ。
編集 先生!
作家 執筆は1人でするものだ。さあ、帰った帰った。
編集 ...わかりました!ではまた来週。
作家 あぁ
終幕。
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