【毎日短編台本-3月1日】 居る色
基本情報
タイトル-居る色
作-臼井智希
ジャンル-語り
目安時間-5分
登場人物
私 会社勤めの大人
本編
私は語りつつ動く。私の語りに合わせて世界が黒子や装置、小道具や役者、衣装、音響や照明によって構築され、また解体されていく。
私「ある寒い冬の日のことだ。寒いといっても氷点下を回るほどではなく、降っていたのは雨ともみぞれとも言えない代物。その景色を窓の外に見ながら、私はバスに乗っていた。歩けば30分とかからない道だが、その日私は脚を動かし続けることができる自信がなく、バスに乗り込んだ。バスであれば5分、長く見積もっても10分とかからない道行は、いくばくかの金銭と引き換えに不愉快な揺れを与えてくれた。もう二度と乗るものかと思うのだがどうせ明日も乗るのだろう。窓の外に目をやる。そこには、無色透明な固い布に棒を刺し悲鳴を上げさせたものを頭上にかざす人、コートの灰色の布にシミの斑点を作りながら走る人、黒塗りの撥水する鉄の箱。無彩色の絵が窓枠の中を走っていくが、やがて耳障りな音を立てて止まった。
ふと、私と運転手しかいなかったこの箱の中に少女が乗ってきた。黒く伸び切った髪に灰を被ったような外套と靴で見窄らしい。絵の中から此方へ来た人間はいかにも、此方を初めて知ったように顔を回した。私はそれが不愉快だったが、ただ一つ目を離せない色があった。少女の真っ赤なマフラーである。酒に悪酔いしたような赤でも、血を煮詰めたような朱でも、ルビーの宝石の真髄のような緋でもなく、天に瞬く蠍、そのはらわたのようなあかであった。穢れと静謐な美を共に成すかのように絡み合ったあかを垂らした少女の首は、無彩色の世界からこの箱の中へ齎されためぐみのようだった。
あかに囚われていた私は、箱の不愉快な振動のことも身体に無く、降りるべき目的地すら通り過ぎていた。降りて成したかった予定すら、このあかの前では些細なことに成り下がっていた。
あかを首に垂らした少女が立ち上がり箱から絵に戻ろうとした。咄嗟に身体は少女の背につこうとしたが、そのとき少女は黒い瞳と白いまなこを向けてきた。そうして私はやっと、赤から放たれたのである。そこにいたのは見窄らしくも灰を被ったかのような外套と靴、ろくに手入れもされず墨で塗られたかと思う髪。私はバスの席に座り、なにごともなかったを装った。
バスは動き続ける。やがて、ふと私はまた窓の外を走る絵に目をやった。そこには、眩しい黄色の看板、うっすら青い壁、白の裏に隠れる葉っぱの緑、美しく装った女人の唇の赤があった。
バスから降りる。」
終幕
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