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花にまつわるエトセトラ

花瓶を買いました。満を持して。

道具屋筋に行って、いろんなお店を回って、「ここでいいのがなかったら、はじめのお店で見たやつにしようかなぁ…」と、少し諦めのような気持ちでいた時に、本当に偶然出会った。
あまりピンとくるのがないなぁ…なんて思いながら「これとかかわいいね」とパートナーが指す方を見ると、片手で持てるくらい適度に小さくて、透明で、くびれがあって、なんとも可愛らしいお猪口があった。

花瓶探しの譲れないポイントとして私が挙げていたのは、①くびれがある、②柔らかいフォルム、③シンプル、④透明、⑤丈夫、の5点であった。この際、本来の用途が花瓶かどうかはあまり関係なくて、ただ私にとってベストな〝花瓶〟に出会うため、様々な調理器具や食器などを扱うお店を覗いては、私のお気に入りを吟味していた。

見つけたお猪口は①〜④の4点については完璧なくらい私の希望を満たしていたが、ガラス製であった。私はおっちょこちょいで、自分のものの扱いを信用していない。花瓶を落とすのではないか、割るのではないかという不安があった。しかし、「扱いに気をつければいい」ということで落ち着いた。⑤丈夫という条件についてはある意味、見て見ぬ振りをしたのだ。つまり、本来の条件を余裕で上回るほど、一目惚れだった。

「これかわいいね?!」「うん、かわいい」「すごくかわいいよね?!?」「うん、すごくかわいい」何度もパートナーに、〝花瓶〟のかわいさを確認するように尋ねては、その形や大きさの愛らしさを噛み締めた。そして丁寧にプチプチで包んでもらい、大事に大事にカバンの中に入れて、連れて帰った。

途中の駅で、花を買った。色は黄色と決めていた。名前は知らないけれど、すごく素敵な花があったので、それを是非とも生けたいと思った。花屋さんのお姉さんに、プチプチで包まれた〝花瓶〟を見せて「この花瓶に生けられますか?」と尋ねると、お姉さんは「これくらいなら大丈夫ですよ」と答えてくれた。買った花を包んでもらって、「花を買うってなんて素敵なんだろう」と思った。それだけで、なんだか心があったかくなった。「花を飾ることで生活が豊かになる。それすなわち幸せ」と思っていたけれど、すでに幸せは、この時点から始まっているようだった。

それから私は毎日、カーテンを開けてから陽当たりの一番いい場所に花を飾り、「おはよう」と声をかける。水をかえ、仕事に行くときは「行ってきます」と言い、帰ってきたときには「ただいま」と「今日もお留守番ありがとう」と労いの言葉をかけ、カーテンを閉めて元の場所に戻す。何も答えないけど、幸せでいてくれたらいいなぁと思う。

花のある生活はとてもいい。でも、花の寿命はとても短い。永遠じゃないからこそ美しいっていう考え方はたしかに一理あると思うけれど、なんだか悲しい。いつか必ず来る終わりのために、それまで出来る限りのお世話をちゃんとして、感謝を伝えてさよならしたいなぁと思う。これからいつ、どんな花を飾っても、それを忘れない自分でいたいなぁ。自分への戒めです。

ともかく、6月中に花を買うという自分への公約を達成。よかったよかった。
今日はひとまずこんなところで。ばいなら。

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