The Great Battle of students

玲穣北上を中止し、富津城を開放した中川真奈と寺仲裕一は上律へ向かう船の中にいた。
この船は本作戦が始まった当初から隠していたもの。
智鶴に動きがなく、対智鶴戦線の玲穣軍が本格的にこちらの殲滅にかかるとわかった瞬間、富津に残っていた兵に船の準備をさせ、撤退してきた中川と寺仲は悠々と船に入った。


松田の予想は外れた。
智鶴は玲穣に入ってこなかった。
それに南下してきた玲穣軍の大将、庄司礼奈は中々の曲者だった。

何も中川・寺仲に倒せない相手であったわけでもないし、実際に刀を交えたわけでもない。
ただ異常だったのは、その女の軍の士気。
まさに爆音そのもの。こちらの内輪の声すらかき消されるほどだった。
これだけの士気を持つ相手に対して、スピード決戦を仕掛けるのは不可能。最後の一兵になっても死に物狂いで戦ってくる。とても厄介な相手だった。


それに中川・寺仲が気になったのは敵の余裕。
こちらに対して急いでいる様子もなく、出方を伺っていた。
つまり、玲穣には後顧の憂いがない。今の敵は我ら上律だけ。智鶴は攻めてきていない。
何らかの理由で智鶴は玲穣を放棄したことが、彼らにはわかった。


中川・寺仲の判断は早かった。
智鶴という間接的な後ろ盾を失った以上、このような厄介な相手と真正面からやり合う必要はない。
此度の作戦は失敗。
すぐさま撤退を開始したのだった。


船の中で2人は玲穣の地を見つめていた。
ほんの数時間前までは圧倒的有利を誇っていたのに、今となっては泣く泣く手放さなければならなくたった地。
2人の気持ちは晴れやかなものではなかった。


「裕一。そっちの軍の損害は?」

「大した数じゃない。殿が少し狩られただけだ。そっちは?」

「私も同じもんよ」


日はとうに暮れている。
上律到着後、彼らは本部に戻る予定だ。
そのため、松田にはまだ会えない。


「アイツの作戦が外れた。いや、読まれたのか」

「どうだかね。でもまぁ事実として智鶴は攻めてこなかった。どういう理由があったとはいえ、智鶴が攻めてくるって読んでた瑞貴の作戦は失敗したわけだ」

「ん。それはわかってる」

「どうしたのさ、真奈。何か言いたげじゃない?」


寺仲の観察眼、ここで光る。
中川真奈の声のトーンが下がったことを見逃さなかった。


「ウチの殿にいた子がさ、さっき教えてくれたんだよ。敵が妙なこと言ってたって。それでさ」

「何て言ってたんだい?」

「智鶴も大変だな。急に攻められたら焦るよな。って」

「ふーん。なるほどな」


2人は自然と目を合わす。
どうやら考えていることは同じなようだ。


「つまり、灌頂が智鶴に侵攻した。智鶴はその対応に追われ、玲穣侵攻どころではなくなったってわけだ」

「裕一もやっぱそう思うよね。やっぱね」

「真奈の話を信じるならそれしか考えられない。智鶴を取り囲む大学の中で唯一戦争をふっかけられるのは灌頂しかないし。それに…」

「ん?それに……?」

「……それに、灌頂は俺たちだってよくわかってない大学だろ?素性がわからんというか。だからさ、動きを察知できなくても、しょうがないって理由で理解はできるわけ」

「そうだね。私も正直わからない。アイツらの考えてること」


灌頂大学。
現在の栃木県に位置する大学で、これまで大規模な戦争を引き起こした例は少ない。
先の大戦でも主だった動きは見せず、他大学の印象も薄い。どのような将、どのような軍を配備しているのか。もっぱら謎が多い大学である。
それゆえに、中川と寺仲はこの掴めない大学が今回の我々の作戦に大きな楔を打った可能性がある事に困惑を隠せないのであった。
一体、灌頂の誰が。なぜ気付いた。そもそも灌頂は今回の我々の作戦を知っていたのか。単なる偶然なのか。

2人の疑念が晴れる様子はなかった。


「読まれたのか」

「まさか」

「じゃあ何で灌頂は智鶴を攻める?どう考えても猛華を攻めた方が勝率は高い」

「そりゃあそうだけどさ…。でも瑞貴の作戦が読まれるって……。」

「言ったじゃん。灌頂はよくわからない大学。何があってもおかしくない」


寺仲裕一は言葉を返せなかった。
松田の作戦が読まれるわけがない。だが、それを証明するに足る証拠が今は何もない。松田瑞貴は天才。それだけでは薄いことくらい彼にもわかっていた。


「裕一、仮に読まれてたとしよう。でね、そうなったら私達に非はない。私達の作戦は完璧だった。松田だってそれはわかってると思う。だからこそ、大きな問題が1つ浮かび上がるのよ」

「あぁ、わかるよ。信じたくないけどな。要は、who?ってことだろ」

「そうよ。Кто?ってこと。作戦の内容とか関係ない。この作戦を遠く眺めていた人間のうちの1人が完全に見抜き、そいつが決定打を打った。それが問題。そういう奴が敵にいるってことがマズイのよ」

「ハァ。完璧だと思ったんだけどな。この作戦。まさかのまさかだな」

「まだ、この作戦を見抜いた人間がいるってことはわからないけどね。可能性としては十分あり得る。それにさっきも言ったけど、松田を含めて私達は何も失敗してない。何もかも見抜いた人間がいるかもしれないってだけよ」

「ほんと、勘弁してくれよなぁ」


もう少しで上律の地が見えてくる。
約1週間ぶりの帰還。
本来なら凱旋帰還のはずだったのだが。

中川は話を変える。
せっかく生きて帰ってこれたんだ。
こんな辛気臭い帰還は好ましくない。


「ま、しょーがない。今は帰って休もう。裕一、明日予定は?」

「いや、特にないよ。呼び出されてるとかもない」

「そ。じゃ、飲もっか。本部の一室借りてさ」

「いいねー。他にも来れそうな奴いたら呼んでおくわ」

「うん。よろしくー」

「今日こそは真奈を潰してやるぜ」

「無理無理。私が潰れたのは松田と飲んだ時だけだし。あんた、松田と飲んで記憶飛ばしてたじゃん」

「アレは違うって。ロシア語学科だからってウォッカばっかり飲ませる教授が悪いよ」

「ロシア語学徒なるもの。酒に溺るるべからず。だよ」

「んー……。ぐうの音もでねぇ…」


中川は笑った。

同級生はここが良い。
何の脈絡もなく飲みに誘える。
気を使う必要がない。

それに寺仲はお人好し。
人の気を悪くするような事は言わない。
中川真奈は彼のそういうところを知りつつも、利用していた。


「もうすぐ着くねー」

寺仲が言う。

「ん。んだね」

中川も返す。


「まぁさ、色々あったし、まだわかんない事だらけだけど、こうやって帰ってこれたんだから良しとしようぜ」

寺仲はヨシッ、と手を叩く。


「じゃあ、真奈」

彼は手を握りしめて、中川の方に差し出す。

中川も同じように握り拳を出す。

「せーのっ」

彼の掛け声と共に、2人は拳を合わせた。




「「おつかれ!」」





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