The Great Battle of students

トンネルを抜けると、そこは一面緑水であった。

川に移る草木は、まるで冨樫を嘲笑うかのように揺れていた。
夏とは思えない涼しさ。
そして喧騒とは一味違う蝉の声。
郷愁感が目を突き通る。



1人で来い、という言い付けを冨樫は守った。
堀北は勿論、止めに入ったが、それ以上にこの1人での出立には大きな意味があった。

灌頂大学。

冨樫が猛華に戻った後、その大学が智鶴に攻め入っていたことを聞いた。
それと同時に明らかになった此度の上律の思惑。
上律の狙いは当初から玲穣であり、我らではなかった。
板橋城での激戦ですら、上律にとっては1つのピースにしか過ぎなかった。
我々は利用され、踊らされた。

だからこそ、冨樫は灌頂に足を運ばねばならない。
もし、灌頂が智鶴に攻め入ることをしなかったら、智鶴は玲穣を叩き、それに呼応して上律も玲穣に侵攻し、玲穣は完全に詰んでいただろう。
そうなれば、我ら猛華も力を持った上律と智鶴に脅かされる事も時間の問題であった。
それを防いだのが灌頂大学だった。
今回の上律、いや松田の動きを全て見抜き、たった一手で松田の策に楔を打ったのだ。

我々は灌頂に救われた。同盟国であった玲穣も。
礼を言わねばならない。
命、そして学校全てを救ってくれた灌頂に。

それに一度、この目で見たい。
あの松田の策を見抜いた人間を。
あの化け物を。
出し抜いた人間を。



長い緑道を抜けた。
目の前には2人の男と1人の女。
それと馬車。

冨樫は3人の人間の前で止まった。


「貴方が冨樫さん。でしょうか。」

女。
眼鏡をかけた小さい女だ。
声も小さい。


「はい、自分が冨樫です。猛華大学がやって参りました。」

「お待ちしておりました。こちらへ」


2人の男は馬に乗った。
女は馬車の扉を開け、冨樫に乗るように促す。
冨樫は一礼し、そのまま乗り込む。
女もその後に続いた。

馬車は2人の男の掛け声とともに動き出した。


「お出迎え感謝します。道を教えてくだされば、自分で向かったのですが」


冨樫はおそらく灌頂でそこまで地位の高くないであろう女に話す。


「いえ、1人で、と申し上げたのはこちらです。ご足労を賜ったのですから、せめて出迎えだけでもと」

「そうですか。お気遣いありがとうございます」


口調もおとなしい女だ。
何を考えているかはわからないが、気性の荒い人間ではないことはわかる。
顔は常に下を向いているが。


「遅くなりましたが、私、小野早月と申します」

「小野早月さん、よろしくお願い致します」

「灌頂本部についた後、まずは我が学長に謁見してもらいます。その後、此度の戦いについてのお話を」

「承知いたしました」

「冨樫さんは此度の我らの智鶴大学への侵攻についてお話ししたいのだと思います。こちらもその件につきましては包み隠さずお話しするつもりです」

「感謝いたします」


馬車には黒いカーテンがかけられている。
まぁ当然だろう。
隣国の幹部を本部へと招くのだ。その道を覚えられてはまずいだろう。我らでもそうする。


「小野さん。少しいいでしょうか」

「はい、なんでしょう」

「いえ、これと言ったことではないのですが、此度の智鶴侵攻の決定は凄いですね。私は上律の大将、松田と対峙しましたが、アイツは化け物です。常人では考えられない動きをするやつです。そのような人間の策を打ち破ったのですから、灌頂大学にも相当頭のキレる方がいらっしゃるのでしょうね」

「そうですか、敵の大将はそんなに凄い人でしたか。そのような人を出し抜いたとなれば、我々も鼻が高いですかね」


小野早月はフフフッ、と手で顔を隠しながら笑って見せた。
可愛らしい笑顔だ。憎めない。


「えぇ、松田は凄かったですよ、本当に」

「冨樫さん、その松田さんという人のこと、もう少し教えていただけませんか?」

「いやいや、それは出来ませんよ。あくまで我らは敵同士。お互いの敵となる上律の情報をこのような非公式な空間で話すわけにはいきません」

「それもそうですね、失礼いたしました」


小野早月は案外すんなりと引き下がった。
ペコリと頭も下げていた。

しばしの沈黙。
小野早月は目線を下げてはいるが、背筋を伸ばしたその姿勢は崩れない。
時折、目線が合うも、大人の会釈ですり抜ける。

30分ほど乗っただろうか。
馬車が揺れなくなった。
舗装された道を通っているのだろう。
2人の男が手で馬車をノックする。


「冨樫さん、着きました。こちらへ」


小野早月は馬車を降り、扉を開けた状態で、冨樫へ声をかけた。
冨樫も二つ返事で降りる。

堅牢な本営だ。
高い城壁に囲まれ、内部も複雑に入り組んでいる。
攻め入るには嫌な城だ。

小野が歩く道を進む。

見えてきた。
おそらくあれが、本殿だろう。
長い階段。
足が痛くなるな。これは。


「この扉の向こうに学長がいらっしゃいます」

「わかりました。私が開けてもよろしいでしょうか?」

「はい、どうぞ」


冨樫は扉に手をかけた。
重い扉を開ける。


「ようこそ!灌頂大学へ!猛華の大将軍よ!」


出迎えは大きい声。
学長だろうか。


「冨樫遙です。この度は私の要望を聞いていただいてありがとうございます」

「うむうむ、聞いているぞ!我らの智鶴侵攻の真意を聞きにきたのだろう!」


50代くらいの男性か。
若い。オーラが出ている。


「して、冨樫君!その大戦の話だが、その話はもうあらかた済んだのではないかな?」

「え、いえ、まだ何も。というか、それはどういうことでしょうか」

「ハッハッハッ!そうか、まだだったか!律儀な奴だな!」


冨樫は状況を整理する。
話は済んだ。
どういう意味か。まだ誰とも話す機会などなかった。
自分は馬車に乗ってきただけだ。
どこで話す機会があるというのだ。
小野早月と共ににきただけだ。


………………。
いや、待てよ。
そういうことか。だからあれほど。

冨樫は後ろを振り返る。
未だ立っていた。
小さな女。

下を向いている。


「もしかして、あなたが………。」


冨樫の声にその女は応えない。
下を向いたまま。
ただ動かない。


「冨樫君!ようやく気付いたかな。そう、彼女だよ。彼女こそが此度の智鶴侵攻の策を打ち出し、上律を出し抜いた、灌頂大学の大将軍。小野早月なわけだ!!!!!」


冨樫は彼女の方を向いて動かなかった。

この小さな女性が。
この気弱そうな女性が。
この可愛らしい女性が。


「冨樫さん、黙っていて申し訳ありません。改めて自己紹介させていただきます。私、灌頂大学大将軍、小野早月と申します」





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