騒音の行く先
ドンドン。ドンドンドン!
その音で目が覚めた、乾いた目のせいか自然と眉間に皺が寄る。シパシパと無理に瞬きをして、辺りを見た。部屋の中はまだ真っ暗だ、はぁ……と大きなため息が出た。
まただ。
深夜なのに、天井から響いて止まらない騒音。平日休日関係なく響き渡る。こうやって目が覚めることも、もう何回目だろうか。音源は上からで、私はため息を吐いてベッド脇の机に手を伸ばした。そしていつものようにイヤホンを耳穴に突っ込んだ。
壁か、床か。とにかく何かを叩く音が重低音のように響くので、それを打ち消すように音楽を流した。
集合住宅の一室、新生活が始まった頃は慣れない仕事で疲れきって眠っていたが。ここ最近はこうして目が覚めてしまうことが多くなってきた。
ここに引っ越すまで、実家の一軒家で暮らしていた。
そのせいもあって、近年ニュースで取り上げられる『騒音問題、事件』について私は重要視していなかった。
生活音が大きいのだろう、隣人がそんな人だと大変だな。それぐらいに思っていたが、まさか夜中に目が覚めるぐらいの大きな音に襲われると思ってなかった。
まるで鉄橋の下で暮らしている気分になる。学生時代に鉄橋下の飲み屋を使っていたことがあったが、まさしくそれに近い。
今となっては『たしかにこれは事件に発展しかねない』と感じてしまう。
最初の頃はイヤホンを耳穴に突っ込んで音を回避していたが、次第に部屋の中でもイヤホンが外せない状態になっていくことに疑問を抱くようになり。今では自分以外から発生する音に敏感になってしまった。
この前なんて、衝動的に床拭き用のモップの柄を握っていて『これで天井を叩き返してやろうか』とさえ思ってしまったのだ。相当参っている、また管理会社に連絡を入れておこう……
プライベートな時間すら、イヤホンが手放せないのが本当に苦痛になっている。自分が何か起こす前に、なんとかしないとなぁ。
自分のモヤモヤとした気分を軽快な音楽に乗せて、無理やり目を閉じた。
***
会社からクタクタになりながら帰路を歩く。自分の住んでいるマンションの前に、人集りができていた。非日常的な光景に、自分の足が自然と速くなっていることに気が付かない。黄色テープが貼られていて、その前には一般の人と明らかに雰囲気が違う人が立っていた。
警察の人だ。黄色いテープの向こう側では、同じ制服を着た人たちが、慌ただしくやり取りを行なっている。
何が起きたかわからない、しかし頭の状態を整理したい私は一歩足を踏み出した。
「関係者の方ですか?」
「え、と。あの……一階の、そこの部屋に住んでる者なんですけど。何かあったんですか。一旦家に入りたくて……」
「少しお待ちください」
制服の男性にそう言われて、少し待っていたが。制服の男性が二人、話を聞きたいとお願いしてきた。私はそれに応じると、ようやく集合住宅の敷地に入ることを許された。
「何があったんですか?」
二人の口が開かれる前に、私は尋ねる。二人は顔を見合わせたが、どうやら事の経緯を説明してくれるらしい。
二階の、ちょうど私の部屋の上で。殺人事件が起きたのだという。私はとても驚いたが、少し心当たりはあった。だから「あぁやっぱり」と言葉を漏らした。二人は私の反応の意図が気になるようだ。
「昼夜問わず、物音が凄かったんですよ。怒鳴ってる声もしたし。噂だと、その……うるさい時は息子さんが暴れてるって聞いてたので。お母さんも我慢の限界だったんですね」
私の言葉を聞きながら、記録を取り。もう一人は私の目をじっと見ている。凄く鋭い目に、私の胸がドキドキと高鳴った。そこからは、ドラマでも見たことがあるやり取りを実際にして。なんとか私は部屋に帰れた。
***
「さっきの話を聞いてどう思った?」
「他の部屋にも聞こえるぐらいの暴言と暴力があったってことですよね。自首してきた母親が言っていたことと食い違いはないと思いますけど」
「殺人事件があったって聞いて、どうして『お母さんも我慢の限界』って言葉が出てきたんだろうな。普通なら、力が強くて乱暴な息子が犯人だと思わないか?」
「……たしかに」
「母親が息子が寝ているところを狙った、そんな情報まだどこにも出ていないんだが。管理会社以外から騒音に関するビラが何枚もポストに突っ込まれていたようだしな、少し調べないといけないらしい」
騒音の行く先は、誰にも予想ができない。
それは直接的なものもあれば、間接的なものへ形を変えることがある。
その想像を忘れてはいけない。
この話はフィクションで、ちょっとした思いつき話。推理っぽくして書いただけだ。私はまたイヤホンから流れる音に任せて、思いつきを書き連ねている。