新聞部にススメ(2)
初委員会の日。新聞局の部屋はないので、放送室を間借りして集まっていました。
現在の高校では、実績が認められて新校舎でしっかり部屋をもらったようでよかったです。
広くはありませんでしたので、各クラスから一人ずつ選抜されたメンバーが集まると少し窮屈になりました。
どういう風に初回を過ごしたか、記憶が怪しいのですが、だいたい初年度は、新しいメンバーがいるので自己紹介をしていたと思います。
そこから、ミーティングをして、記事担当だけ決めて、各自任された記事を書く、という感じだったと思います。
一年生の時は、あまり任されるものもなく、関わりがなかったように思います。
文章書いたり、パソコンを扱うことは上手だったので、チャンスがあれば編集や記事を書くことに手を上げていたので、先輩にはかわいがってもらえました。
そうして、初めての新聞局の仕事は、まず記事を書くことでした。
私の高校の新聞局は、毎月発行する月刊誌と、何か部活の試合や文化祭などのイベントがある時に発行する速報という形式で新聞を発行していました。
最初は、月刊誌の「今月の顔」という毎月何か功績をたてたり、特別な活動をしている生徒を一人取り上げる記事を担当することになりました。
文字数数百文字程度の記事だったと思います。
限られた文字数の中で書くことは苦手でしたが、文章を書く練習にもなるし、その文章を書くことは、特に私の中で問題ではありませんでした。
この初めての仕事で障壁を感じたことは、取材でした。
人と話すことが苦手だったので、いきなり知らない人のところへ行って、許可を取って話を聞くということが、私にはとてもストレスでした。
でも、学校では新聞局というのはよく知られていたので、新聞局だということを名乗れば、皆だいたい快く取材に応じてくれたので、とてもやりやすかったと思います。
それでも、部活の休憩中や授業の休憩中に行くため、手短に済ませることが重要になります。
そこで、インタビューする内容をまとめる事前準備は、入念にしていました。
ただでさえ、話すことが苦手でしたし……。
今思うと、これをできたのはとても良い経験になったと思います。
苦手なことをしないままでいると、自分は何も変わらないままだったと思うので。
自分にもできるんだと、自信にもなりました。