先生

デザイン科に入学したての最初の頃、構成(絵の具を使ったりする科目)の時間オリエンテーションで2人のおっちゃん先生のうち1人目の先生が言った。
「Iです。えー1年間よろしくお願いします。」
そこからその人の自己紹介がてら地味に短そうで長い話が始まった。
その1人目の先生の話が終わったあと、もう1人の先生が話し始めた。
「Oです。よろしくお願いします。」
普通の自己紹介が始まると思っていた。

しかし

「実はね、去年僕は学校で授業してなかったんだよな。なんでかって言うと、ずっと入院してんだよね。重い病気があってね。で、その病気が治りそうにないらしくてね。病院で死ぬくらいなら、黒板でチョーク握ったまま逝く方がマシだもんね。だから、病気がむしろ悪化してるくらいなんだけど、ギリギリまでデザインを教えたいから、学校に来て、皆さんにデザインを教えたいと思います。」

軽々しく重いことを語ったO先生。
でも目は本気だったような気がする。
死ぬことに対する恐怖がその人から感じられなかった。



何日か経って、クラスの人とも馴染み始めた頃だった。

最近授業中にO先生がよく咳をするようになった。前からよく咳をしていたが、その時の咳とは違った。1分間くらいずっと咳をしているのだ。みんなは心配そうに見つめる。咳が終わったら、何事もなかったように授業を再開する。

いつしかそれがいつもの光景になっていた。

デザイン科は今年は50人いるので、
素描の授業では25人25人でわかれて別室にて別々の先生で授業が行われる。
1人は女性の卒業生のM先生。
もう1人がO先生。
僕はO先生の担当になった。
先生が違うだけで、やることが全く違う。

M先生は知識と技術を学ばせる。
O先生は知識放ったらかしで技術を鍛える。

教え方が違うので、書くものも違う。
M先生は直方体などで、
O先生は靴とかコピーされたデッサンとか。
科目名以外全く違う。

ある授業でO先生はこんなことを言ってた。
「あっち(M先生のパート)はコピー用紙の模写をバカにしてるよね。上手い人の絵から学ばなきゃだよな。」

他人をディスるくらいだが、授業も教え方もしっかりしている。だから俺はO先生を崇拝していた。

O先生に才能を認めてもらいたいから、授業をとにかく頑張った。
スケッチブックに出された課題をめちゃんこ頑張って描いた。

ある日、O先生が言った。
「そうね、中間考査の後にスケッチブック回収しようかねー。」

そう聞いて、中間考査のテスト期間に入る直前まで素描漬けにした。
放課後残って描いたこともある。

中間考査の得点は納得のいくもので、
またスケッチブックもいい感じだった。
自分の中では満足だった。
そして提出の日。

素描セットを持って友達とO先生の教室に行こうとした時、
M先生が、
「ごめんねー今日は教室分かれずに全員で授業しまーす。O先生が学校お休みなので。普段私が担当している人達は前回の続き、O先生の人達は今日は立方体を描いてもらいます。」

立方体なんて描いたことがない。

そう思いながらも
提出するはずの絵の次のページを開き、
鉛筆を用意した。

M先生は言った。
「コピー用紙を写すのはあんまり良くないので、想像で立方体を描いて貰います。」

僕を含めたO先生の人達は困惑した。

想像でかけるはずがない。

ふとO先生の言葉を思い出した。



『あっちはコピー用紙の模写をバカにしてるよね』


そう教わってきたO先生の人達は、
想像でなんとか立方体を描いた。
あんまし上手くない。

この絵を見たらO先生はなんて思うだろう。
そう思った。


その日は友達と愚痴を言いながら帰った。
その友達は歩きスマホをしていた。
放課後は先生たちがパトロールしているので
よくスマホを使ってるのがバレる生徒が多い。次の日。
ホームルームで担任が
「残念なお知らせがあります。別のクラスやけど昨日下校中スマホを触っていて没収された人が5人もいました。ほんとに残念です。皆さんはくれぐれも下校中は使わないように。」
といった。

なのでその日はスマホを触らずに帰った。

次の日。


ホームルームで担任が口を開いた。



「残念なお知らせがあります。」



またスマホか、




「実は






今日の深夜1:00に








O先生がお亡くなりになられました。」










は?







は??





僕は理解が追いつかなかった。
頭に ? が浮かび続けていた。




どういうことだ。




てか

まだ提出してないじゃないか。


俺はお前に出された課題を必死に頑張ったんだ。


それなのに。




途端に全ての理解が追いついた。




僕は号泣した。






今日の話です。

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