先生

まず初めに申し上げておきたい。
自分でもこんなに長くなるとは思っていなかった。
長文が苦手な方は斜め読みでもブラウザバックして頂いてもかわまない。
それでもいいという方は、少々お時間をいただきたい。

募金と聞くと、思い出さずにはいられない人がいる。
老年紳士という言葉がぴったりの、英語の先生だ。

先生との出会いは高1の春。
学校が、90周年の記念事業でイギリスへの派遣事業を打ち立てた。50万の
行程を、自己負担15万で行ける、というものだ。
なんだか、直感で「行きたい」と思った。海外に行ったことがなかった僕にとって、初めてにふさわしい、と感じ取ったのかもしれない。とにかく、
明確な理由はわからなかったけれど、申し込んでみた。
1次選考は、書類。といっても、意欲を日本語で書く、ただそれだけ。特に理由もなかった私が書いた志望動機は、
「ビートルズを生んだ空気を吸いたい」
だった。

そして最終選考となる2次選考は面接。勘のいい方はお気づきだろう。
これが、先生との初対面である。
すべての候補者の中でトップバッターの私。緊張してドアを開けると、初老の男性と30代くらいの女性が並んでいた。女性は留学支援企業の方で、この方にも大変お世話になるのだが、この時は知る由もない。
面接といっても、最初に英語の質問が少々、残りは日本語だ。
英語の質問でビートルズの一番好きな曲を聞かれた私は、「A Hard Day's Night」を選択。そして、質問してきた女性に逆質問。”Do you know?”
女性が首を横に振った次の瞬間のことを、今でも鮮明に覚えている。先生があの曲を口ずさみ始めたのだ。

そんなわけで私は合格。英語が苦手だった私にとって、英語の壁が低かったことが幸いだった。
イギリスへと飛び立ったのはその夏のことである。この時には先生の正体は知っていたものの、教頭を経験した学校の元お偉いさん、程度の印象しかなかった。

高2の新学期。
私のクラスの英語の先生が新学期早々、1度も授業をすることなく蒸発。
代わりとして紹介された先生は、まさにあの時の先生だった。

授業は、純粋に面白かった。だが、その合間の雑談で、とんでもないことを聞くことになる。
先生は、実は大のビートルズファンだったらしい。自分自身も長らくギター部の顧問を務めており、文化祭でバンド演奏ができるよう、校庭に矢倉組んででもステージを作るべきだと学校にかみついたこともあるという。
「これからは人間味あふれる人間が強い。」
先生のおかげで、今でも私の母校では文化祭になると、体育館に大きな仮設ステージが組まれている。
授業の中でも、失礼な生徒には容赦がなかった代わりに、ミスは寛容に許してくれる、そんな先生だった。あとから聞くに、私の面接の後「彼は通してやってくれ」といっていたらしい。それを聞いた時、少し自分を誇らしく思えた。

夏休み前の時期だっただろうか。先生がこう切り出した。
「次回の授業が、僕が持つ最後の授業になります。」
先生は、過去にがんを患っていたらしい。その転移が発覚、悪性腫瘍では
ないといいつつも、関東のがんセンターでの手術、入院を決意したそうだ。

私は絶望した。神様はなんて意地悪なのだ、と。
最後の授業は金曜日。しかし、その金曜日、私は学校の名前を背負ってスピーチコンテストに参加するため、学校を離れなければならなかったのだ。
つまり、最後の授業で、感謝の気持ちを述べることができないのである。
そのショックから、その日の授業は上の空だった。

放課後。私は真っ先に、学年主任のもとへ向かった。感謝を伝えるため、
募金をしたい。そのための告知を全クラスでさせてくれ、と。
どうしても、先生の最後の授業で花束を渡したかったのだ。
もっとも、先生が授業を受け持っていたのは6クラス中2クラス。先生を知らない生徒も多かった。ただ、イギリスに一緒に行った同級生の協力もあり、ほとんどすべての生徒から募金を集め、当初予想していたよりもかなり多額を集められたのである。

そして前日。スピーチの練習のために担任と下校時間ぎりぎりまで残り、
担任の好意で近くのショッピングモールへ。花束は翌日に学校に届くように手配し、余ったお金の使い道を迷っていると、目に着いたものがあった。
当時発売されていた、ビートルズのベスト。これしかない。と思った。
おもむろに会計を済ませ、後の段取りを担任に頼んだ。

数か月後。
廊下で、先生にお会いした。正直、ほっとした。ご挨拶をすると、謝辞を
伝えられた後、こう言われた。
「本当にあなたは人間として素晴らしい。これからもその心を大事にしなさい。」

それが、先生からいただいた、最期の言葉だった。

先生。
そちらの世界はいかがですか。
私のことはもう覚えていらっしゃらないかもしれませんね。
先生にとっては1人の生徒でしかありませんから。
しかし先生。
私は今でも、先生がおっしゃった「素晴らしい人間」に恥じぬよう、
生きていきたいと、そう、思っております。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。
記憶で補正がかかっている場面はあるかもしれません、あしからず。