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富裕層定義のアップデートと投資家多数派の世界


1. はじめに 

 野村総合研究所(NRI)が定期的に公表している「富裕層ピラミッド」は、日本の資産階層を理解する上で重要な指標として広く認知されています。一度は目にしたことがあるであろうこの統計データを基に、日本の富裕層の実態とその定義について考察を深めていきたいと思います。

2. 新富裕層ピラミッドの提案

 近年、円安とインフレの影響により、資産1億円(いわゆる億り人)の価値は大きく低下しています。15年くらい前の円高・デフレ状態の1億円と、現在の円安・インフレ状態の1億円では、購買力に顕著な差が生じています。

 為替だけを見ても、80円と160円では大きく状況が異なり、さらにコロナ以降のインフレ加速によって、日本は長らく停滞していた物価が大きく上昇しました。

 これらの影響により、15年前と比べ現在の円の購買力は半分程度にまで低下したという印象を受けます。昔の資産5000万円が、現在の資産1億円に相当するというのが実感に近い評価でしょう。

現行の富裕層ピラミッド(NRIニュースリリースから抜粋)

 NRIの調査レポートでは、世帯を5つの階層に区分しています。しかし、昨今の状況を加味すると、カテゴリ区分は維持しつつも、金額基準の見直しが必要な時期に来ていると考えられます。
 
具体的には、以下のような区分の見直しを提案したいと思います。
 
- マス層:3000万円未満
- アッパーマス層:3000万円~1億円
- 準富裕層:1億円~3億円
- 富裕層:3億円~10億円
- 超富裕層:10億円以上

 
 この金額基準の見直しが必要となった背景には、先述した為替とインフレの影響に加え、投資家人口の増加と金融資産所得の影響があります。ここ10年でNISAやイデコなどの投資環境が整備され、新規で投資を始める人が着実に増加しています。
 
 資産形成を行う層が増えると、時間はかかりますが、相対的にマス層から上位層に移行する人々が増えていきます。私自身、10年ほどネット証券に勤めていた経験から、投資家人口の着実な増加を実感しています。特にNISAやイデコの影響もあり、若年層の口座開設数が大きく伸びている状況です。
 
 私の感覚では、今後は3000万~1億円以下をアッパーマス層として捉えるのが適切だと考えています。従来は1億円までを細かく階層分けしていましたが、実際のところ3000万円でも9000万円でも日々の暮らしには大きな差は生じません。

 生活は苦しくありませんが、日頃から贅沢をするほどの余裕がないのが1億円以下の層の共通点です。不動産を買ったり、ブランド品で浪費をすると消し飛ぶ金額帯、それがアッパーマス層の特徴と言えるでしょう。
 
 従来は1億円以上を富裕層としていましたが、昨今の情勢を加味すると、1億円~3億円の層は富裕層予備軍である準富裕層として位置づけるのが適切です。

 冒頭の購買力という基準もありますが、インデックス投資を地道に長期間実施することで到達可能なラインが、この1億円~3億円という水準なのです。
 
 富裕層の3億円~10億円は、円安やインフレの進行を加味しても「お金持ち」と呼べる水準です。普通の生活をしている限りにおいては、ほぼ資産が減らない状態を維持できます。

 金融収益が定常支出を常に上回る状態にあり、本当の意味で経済的な自立を達成した状態と言えるでしょう。この層であれば、FIREするも良し、好きなことを仕事にするも良しという選択の自由が生まれます。
 
 10億円以上の超富裕層は、経営者、成功した投資家、代々の資産家、地主など、限定された方々となります。超富裕層もマーケットが好調な影響もあり、年々増加傾向にあります。

 10億円を超える超富裕層は、海外移住も現実的な選択肢として視野に入れることができます。日本は年々資産課税が強まっており、いかに防衛するかが重要な課題となっているからです。 

著者作成

3. 投資家多数派の世界線で起きること

 諸外国と比較し投資比率が低い日本でも、これから20年も経てば、投資が一般化し、多くの方が兼業投資家となり、投資が日常生活の一部となることが予想されます。この場合、1億円という金額は過去ほどインパクトがないことはもちろん、実質的にも大した価値を持たなくなる可能性があります。 

 1億円は確かに大金ですが、国民の大多数(仮に8割超)が投資家であり、何らかの資産を保有している状況では、その相対的な価値は大きく減価することになるでしょう。 

 社会は「誰かの労働」の集合体です。電車やバスなどのインフラも、レストランなどの外食、スーパーなどの小売りも、全て「誰かの労働」によって成り立っています。仮に1億円があれば仕事を退職しFIREしたり、のんびり過ごす人が増えるかもしれません。これが少数であれば社会構造上、大きな問題は発生しません。 

 しかし、一定割合以上の人が同様に「1億円以上の資産が貯まったので仕事を辞めよう」と考え退職すると、社会生活に必要な労働が維持されなくなり、不便な社会に陥る可能性があります。

 もちろんAIの進化で穴埋めするという可能性もありますが、多くの現役世代が労働市場から退場した場合、労働力不足により一部業種でサービス維持が困難になるはずです。 

 お金を持っている人が増える一方で労働市場からのリタイアが加速すると、深刻な需給ギャップが生じます。労働者不足を埋めるために企業は労働力が不足する職種の賃金を大幅にアップせざるを得なくなります(AIで代替不可能な職種の場合)。

 企業は賃金上昇分を何らかの形で価格転嫁することになり、その結果、財やサービス価格が上昇します。これによって労働力不足に起因するインフレが発生するのです。 

 1億円を保有する投資家はそれなりの購買力があるため、当初は価格転嫁された財やサービスも問題なく購入できます。しかし、やがて支出額が資産増加を上回るようになり、投資家としての地位を維持できなくなり、再度労働市場に復帰せざるを得なくなるでしょう。 

 資本主義は資本家と労働者によって成り立ちますが、構造的に資本家が多数派になることはあり得ません。圧倒的多数の労働者とごく少数の投資家という構成比で資本主義は機能しているのです。 

 したがって、仮に1億総投資家時代が到来した場合、投資家(資本家)の基準は従来の富裕層(1億円超)ではなく、3億円・5億円・10億円と切り上がることが予想されます。

 20年後は現在の水準をベースに「1億円の資産があれば引退できる」という考えは楽観的に過ぎるでしょう。むしろ、相対的に捉え、人口比で上位3~5%以内に入る資産を築けば投資家(資産家)として引退も可能、と考える方が現実的です。 

 「貯蓄から投資へ」のスローガンのもと、新NISAもスタートし、投資家人口も増加しつつあります。これからは資産●●円という絶対基準だけではなく、人口比の上位●%という相対基準の維持も重要になってくるでしょう。 

 実は、新NISAという制度は、一部の優秀な層が投資を活用して素早く資産形成を達成し、労働市場から引退することを妨げるための施策かもしれません。新NISAでボトムアップを促すことでリタイアに必要な資産水準の底上げを図り、結果として優秀な人材をより長く労働市場に縛り付ける、という戦略的意図が隠されているのかもしれません。これは私の勝手な妄想ですが、可能性ゼロの妄想ではないように思えます。

4. 資本主義ゲームの攻略

 資本主義は端的に言えば「人的資本を金融資本に変換しゴールを目指すゲーム」です。言い換えると「勤労所得の一部を金融資産に変換し、資産所得>支出の状態を恒常的に作り出すゲーム」とも言えます。これが資本主義の第一段階、労働者から資本家へのジョブチェンジであり、資本主義1周目なのです。 

 資本主義2周目は資本家(投資家)の状態からのスタートとなります。生活費のための労働(ライスワーク)は不要であり、仕事はやりたいことを優先できます。経済的自立が背景にあるため、労働する・しないの自由が手に入るのです。 

 このような話(資本主義ゲームのルール説明)は、学校でも会社でも教わる機会がほとんどありません。しかし、これは非常に重要な知識であり、「税制・社会保障制度・財産管理」と並ぶ重要科目と言えます。 

 学校教育でこれらについて実践的な知識を教えないことには、国家の悪意すら感じます。投資家は自己防衛のため、自主的にこれらについて学ぶ必要があります。

 広く浅くになりますがFP2級あたりがちょうど良い水準です。FP試験を受ける必要はありませんが、自身が必要と思う科目だけでも勉強すると、すぐに役立つはずです。 

 資本主義ゲームのルールは広く周知されてはいませんが、意図的に隠されているわけでもないので、意志を持って調べることである程度のルールや方程式が見えてきます。10年くらい前に話題になったピケティの「r>g」も資本主義ゲームの普遍的ルールの1つに過ぎません。 

 このような資本家(投資家)にとっては当たり前のルールが、資本主義ゲームにはいくつも存在します。それらを熟知し、上手く活用し、落とし穴にはまらないことが、資本主義1周目の攻略方法となります。 

 豊かさは絶対基準ではなく、相対的なものです。投資家人口が増えることは、資本家ハードルがその分引き上げられることを意味します。国民の一部だけが投資をしていた時代であれば、投資家であるだけで勝ち組になれたかもしれません。 

 しかし今後は、多数の投資家の中で勝ち残る必要があります。そうしないと相対的に投資家としての優位性を維持できなくなり、経済的自立が不安定になり、労働市場に戻る必要が生じてしまいます。 

 結局のところ、投資が普及し一般化したとしても、誰もが資本家にジョブチェンジできるわけではないということです。投資家多数派の世界では投資家同士の争いが生まれます。一部の投資家は資本家としてのポジションを維持できますが、多くの投資家は労働者兼投資家のポジションに留まることになるでしょう。 

「サラリーマンが最も不利な働き方」というのは「r>g」と同様に資本主義ゲームの普遍的ルールの1つです。スモールビジネスのオーナーになると「法人格」という別人格を活用できます。法人格をコントロールすることで「有利な働き方」を生み出すことが可能なのです。 

 資本主義は人的資本を金融資本に変換するゲームである一方、人的資本の価値を出来る限り維持することも重要です。資本家にジョブチェンジ後は資本収益がベースとなりますが、資本主義の選別の結果、資本家から労働者に出戻りの可能性も否定できないためです。 

 人的資本の維持は「やりたいこと・趣味」の延長で模索すると負荷が少なく継続が容易です。労働者兼投資家であれば「金銭」ではなく「やりがい」をベースに労働を選択することが可能です。労働者兼投資家で投資家比率が高い方は、「雇われ」ではなく個人事業主やスモールビジネスの起業の方が自由度が高く、長期的な視点で働くことができます。 

 資本主義は労働ループによって永久に安価で働き続ける労働力を必要としています。この仕組みを維持するための装置が累進課税です。所得税や相続税が累進課税である理由は、資本家を労働者に追いやり、労働ループによって永久に安価で働き続ける労働力へと転換させるためとも考えられます。 

 国家にとって資本家は都合の悪い存在です。なぜなら安価な労働力の搾取が困難な存在だからです。資本家は資本によって収益を生み出す存在であるため、労働収益を必要とせず、労働ループに嵌め込むことができません。

5. まとめ:変容する富の構造と個人の選択

 資本主義社会は、想像以上のスピードで変容しつつあります。従来の富裕層の定義は実態との乖離を深め、社会構造もまた、投資の一般化によって新たな局面を迎えています。 

 この変化の本質は単なる資産形成の手法や評価基準の変更にとどまりません。むしろ、社会の基本構造そのものが、新たな均衡点を模索している状態とも言えます。その中で個人は、純粋な資本家を目指すのか、それとも労働と投資のハイブリッドな立ち位置を選択するのか、戦略的な判断を迫られています。 

 重要なのはこの変化を単なる脅威としてではなく、新たな機会として捉えることです。確かに、従来の評価基準や成功モデルは崩壊しつつあります。しかし、それは同時に、より柔軟で創造的な経済活動の可能性が開かれていることを意味します。 

 私たちは今、資本主義の新たなステージに立っています。そこでの成功は、単純な資産の積み上げではなく、社会構造の変化を理解し、それに適応しながら自らの立ち位置を最適化できるかどうかにかかっているのです。

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