賢明なる投資家への道: 生涯投資の哲学と戦略
1. はじめに
2024年がスタートし新NISAが開始しました。オルカンは既に1,000億円以上の純資産を増やしました。想像以上に新NISAマネーが市場に流れ込んでいます。この勢いで10年・20年と運用を継続出来れば、多くの投資家はその果実を享受できます。
しかしながら、歴史はそうならないことをデータで示しています。意気揚々と長期投資を決意した投資家が荒波に飲まれ、途中で離脱してしまうことが過去のデータから分かります。本稿では「長期投資の継続」をテーマに心構えや豆知識をシェアします。
2. 日常に溶け込む投資: 生涯投資家としての生活術
最初に「長期投資」という概念を少し引き延ばして「生涯投資」を想像します。長期投資というと20年・30年の運用を想像するかもしれませんが、どこかの時点で資産運用が終了するような響きを感じます。
一方で生涯投資は生涯現役(生涯投資家)を意味します。資産運用という行為を特別扱いせず、常に傍にある存在として位置付けます。朝起きて顔を洗い、歯を磨くのと同じように淡々と日々のルーティンのように投資と向き合うのです。
そもそも投資はエンタメではないので、楽しむための行為ではありません。良い投資とは意外と退屈なものです。淡々と粛々と続ける行為です。それこそ、朝起きて顔を洗い、歯を磨くのと同じように。
よって世間の流行と自身の長期(生涯)投資の継続は関係性がありません。メディアやSNSが盛り上がろうと阿鼻叫喚地獄に陥ろうと、淡々と粛々と歩み続けるだけです。
投資家は「トレーダー」と「長期投資家」に区分されます。トレーダーは相場予測をベースに頻繁に売買を繰り返すタイプの投資家でFX投資家や個別株投資家に多い投資家の分類です。
長期投資家はバイアンドホールドが基本の投資家全般を指します。売買の頻度が低く、保有期間が長い傾向にあります。トレーダーは短距離選手であり、長期投資家はマラソン選手です。トレーダーは瞬発力が大切で、長期投資家は忍耐力が成功の鍵を握ります。
直感的で興奮を覚え楽しいのがトレードであり、理性的で退屈なのが長期投資です。トレードには才能と運が必要で、長期投資には時間と忍耐が必要です。トレードは価格を材料とし、長期投資は価値を基準とします。
どちらの方法でも成功する投資家は存在することから優劣はありませんが、再現性の観点から投資を職業としない一般の方には「生涯投資」をお勧めしています。
3. 賢いサルの選択: グレアム=ドッド村からの投資戦略
多くの投資家は「効率的市場仮説」という単語を一度は耳にしたことがあると思います。俗に言うランダム・ウォーク理論です。ランダム・ウォーク理論は概ね正しいが、100%ではないことを歴史が証明しています。ランダム・ウォーク理論の反証がグレアム=ドッド村に住むサルであり、ボスザル筆頭格がバフェット氏です。
長期投資においては効率的市場仮説をベースにすると理論上の最適解である全世界株式(オールカントリー)と現金の比率を調整することでリスク資産と無リスク資産の比率を調整しポートフォリオの構築は完了します。(トービンの分離定理)
資産運用に時間を割く予定がない方には上記が最適解となります。自身の年齢・健康状態・家族構成に応じ、リスク資産と無リスク資産の調整のみ実施すればよいのでシンプルなポートフォリオです。
上記で長期スパンで最もリスク・リターンの効率が良いアセットクラスである株式を対象に市場リスク(マーケットリスク)のみを受入れ、個別リスクを極力排除するため、全世界株式を選択することでリスクに対してニュートラルなポジションを構築しています。
一方、市場からαの獲得を目指す投資家はマーケットリスクだけでなく、個別リスクも受け入れる必要があります。グレアム=ドッド村のサルは平均して周りのサルよりも高いパフォーマンスを獲得しています。
グレアム=ドッド村のサルの投資手法は「バリュー+クオリティ投資」です。過去のバフェット氏はバリューに偏っていましたが、マンガー氏との出会い以降、優良企業を適切な価格で、というクオリティ基準にも目を向けるようになったと言われています。
ある種の投資手法(ここではバリュー+クオリティ投資)が有益であると評価されると、一斉に他の投資家も同様の手法を採用することで市場の歪みが是正されαの源泉は消滅します。これによって市場は効率的市場仮説に近づく形になります。
このような市場の歪みを「アノマリー」と呼びます。市場には様々なアノマリーが存在します。アノマリーには統計的に確信が高いものから、オカルトに近いものまで様々です。アノマリーは効率的市場仮説とは相反する事象です。
市場が効率的であればアノマリーは速やかに解消され、歪みは是正されるはずです。しかしながら市場には長年続くアノマリーと新たなアノマリーが存在します。これがランダム・ウォーク理論は概ね正しいが、100%ではないことの証明です。
グレアム=ドッド村のサルは長期投資家であり、アクティブ投資家でもあります。投資は起きて顔を洗い、歯を磨くのと同じように淡々と日々のルーティンのように向き合い、長期(生涯)運用が望ましいと説明しました。この長期投資のマインドに加え、バリュー+クオリティというファクターを加えたのがグレアム=ドッド村のサル達です。
バリュー・クオリティといった観点を重視する投資手法はファクター投資と呼ばれます。他にもサイズやセクターなどファクターの種類は様々存在します。ファクターの優劣を証明することは難しいですが、投資家は自身が得意なファクターを活用することでリターンの向上が期待できます。
バフェット氏の場合はバリュー+クオリティであったに過ぎず、唯一解は存在しません。各ファクターにもサイクルが存在します。ある種のファクターの好調・不調は一定のサイクルで訪れます。新興国が強い時期や先進国が強い時期、グロース株が強い時期やバリュー株が強い時期などは一定サイクルで訪れます。
2000年代前半は新興国のターンであり、2010年代は米国のターン(特にGAFAを中心とする大型グロース株のターン)でした。それ以前は日本株のターンでした。大きな視点で捉えると、資産価格が上昇する地域・アセットクラスは循環することが分かります。
2020年代が引き続き米国株のターンとなるのか、別の地域の資産が伸びるのか、それとも株式以外の資産が上昇するかは分かりません。この分からない、という点を所与として受け入れる場合、全天候型のポートフォリオが正解となります。
簡易モデルの場合、株式と現金のポートフォリオとなり、完全型の場合には、債券・不動産・各種コモディティなどのオルタナティブクラスを含むポートフォリオとなります。
マーケットリスクを受入れ市場インデックスを長期で保有し続けることが長期投資の第一歩です。このプロセスが問題なくクリア出来た投資家は次のステップを検討します。それがαの追求であり、概ね効率的な市場の歪みを利用した超過リターンの獲得です。
バリュー+クオリティを例にαの源泉を整理すると「十分に割安な価格で優良な資産を購入する」と言い換えることが出来ます。当たり前のように聞こえますが、これが極めて難しいことは歴史が証明しています。
これが実践出来た一部の投資家(バフェット氏)が世界的な富豪となっている点からも一時的ではなく、継続的に市場からαを獲得するのが困難であることを証明しています。実はバフェット氏と同程度のリターンを実現した投資家は他にも存在します。
しかしながら、バフェット氏ほど長期に渡り市場に留まり続け、継続的にリターンを獲得した投資家は存在しません。既に90歳を超えるバフェット氏は70年以上の間、市場と向き合っています。バフェット氏の資産のほとんど(90%以上)は60歳以降に築かれたものと言われています。
正しい行動を長期間に渡り辛抱強く継続すること、これがα獲得に必要な要素の1つです。資産運用の複利効果は資産額が大きいほど膨らむことから、資産運用の最終フェーズにおいて大きく作用します。
冒頭の生涯投資に関しても複利効果の最大化を狙ったアプローチとなります。複利はマイナスにも作用しますが、正しい投資アプローチを採用している限り平均回帰によって長期リターンはプラスで推移します。よって長く市場に留まり続けることが大切です。
日本でも長期投資の一歩先の概念としての「生涯投資」の概念が普及し、ライフプランニングとファイナンシャルプランニングの融合、計画的な資産継承(相続含む)がより活発に議論されることを願います。